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★『絵本を語る』マーシャ・ブラウン

子どもの本こそ良質な作品を

絵本好きな人なら、この本の著者、マーシャ・ブラウンの名前をどこかで聞いたことが必ずあるはずです。
マーシャ・ブラウンは、名作と呼ばれ何より子どもたちに長く愛される絵本を数多く生み出してきたアメリカの絵本作家です。

その作品は、よく知られている『三びきのやぎのがらがらどん』『パンはころころ』など民話をその題材にしたものも、『ちいさなヒッポ』『影ぼっこ』のように、絵も文もともに手がけたものもありますが、彼女の作品は、ただ「美しい」とか「質が高い」とか評するには収まらない魅力を放っています。

何の世界でもそうであるように、生まれながらの才能というものはたしかにあるのでしょうが、この本を読んでみると、それは世間で思い込まれているほどの偶然の産物でも、魔法のように何の努力も訓練もなしに成された業績でもないということが理解されるのです。

少なくとも、マーシャ・ブラウンの場合は、そうだと言えると思えます。

訳者あとがきによると、この本は1945年から1984年にかけて発表されたマーシャ・ブラウンの絵本(あるいは子どもと絵本)に関する文章(発言)を収めたものです。

『絵本を語る』マーシャ・ブラウン

その発表形式は、講演であったり、図書館員のワークショップであったり、また専門誌への寄稿であったりと様々なのですが、そのどれをも通じて彼女が表明しているのが、絵本というものの本質への厭きることのないひたむきな探求心です。

本書の特に前半部分の、「すぐれた絵本とは?」「挿絵画家として目指していること」など、著者の仕事の核心そのものを語っている部分は圧巻です。

現在の「絵本作家」と呼ばれる作家たちにとって作品を作る目的は、自分自身の描きたいものを描き、自分のスタイルを追究する──つまり芸術家としての自己実現である場合が少なくないと見受けられます。

それに対してマーシャ・ブラウンは、何よりもまず、自分の絵本作家としての仕事が「子どもにとって」あらゆる意味でよい絵本をつくることが大切だということを、はっきりと自覚することから出発しているのです。

 どんな子どもも教えられさえすれば、それぞれに視覚的な地平を広げるこ
 とができるのです。
 好み、つまり物事を識別し、まがいものや値打ちのないものを捨てて本物
 を選ぶ力。
 目の前のものをしっかり見てとり、何物にも敏感に反応する心。
 多様でかつ調和のあるものを楽しむ心。
 内的なリズムとバランスから生じる落ち着き。
 これらはすべて、子どもがごく幼い時期にこそ形成されるはずのものなの
 です。(本文p8)

『絵本を語る』

そしてそれだからこそ、作家として最良のものを生み出し、子どもたちに差し出していかなければならないし、それはとても大切で大きな意味があるけれども、同時に大変労力のかかる困難な仕事だということも語っています。

さらにその作家としての信念を、どのような形で、実際の仕事において実践しているのか、本書の中で、マーシャ・ブラウンはとても具体的に語っているのです。

彼女は絵をメインにした絵本作家ですが、その絵本作りは、すでに絵を描く以前から始まっています。

 画家は本づくりにかかる前に、その本のストーリーが、挿絵を描くために
 費やす自分の時間や愛に、またそれを眺めるのに費やす子どもの時間に値
 するかどうか、確かめなければなりません。(本文p38)

 私は子どもだからといって、そのために、特別な絵が必要だと思ったこと
 は決してありません。
 子どものための特別な文章が必要でないのと同じように。
 子どものための絵で何よりも大切なのは、明確さ、生命力にみちたメッセ
 ージ、真摯な感情です。(本文p46)

『絵本を語る』

そして描くべき作品が決って、一旦仕事が始まると、画家の胸の内には数多くの問いかけがなされるのです。

 絵本の絵は、絵本全体の心や雰囲気、作者の考えや子どもの受けとめ方に
 忠実でなければならないからです。(中略)
 本の形は? それはどんな形にしよう? 見開き2ページ分には、どのく
 らいの大きさがいるだろう?(中略)
 このストーリーにふさわたしいのはどんな色だろうか?
 出版社は何色までこの本に使わせてくれるだろうか?(中略)
 本の心と、自分の挿絵と調和する活字は、どんな種類のものを考えておい
 たらよいのだろうか?(本文p10~11)

『絵本を語る』

子どもの内面に対する洞察と、子どもにとって最良の作品を生み出そうとする努力、その深い想いと研鑽を重ねた技量が両輪となって、あの数々の名作を生んだのだということが、本書を読むととてもよく理解できると思うのです。

ここでマーシャ・ブラウンが語っているのは、絵本作家としてどのように作品を生み出したかということですが、それは同時に子どもにとっての「よい絵本」の一つの指針ともいえる洞察です。

そして、わが身をふりかえると、やはりどこかに「たかが子どもの本」というスタンスで、まるでごく短い間の一時的な気晴らしのようなものとして、子どもの本を選んでいたのではないかと、反省させられるのです。

もしくは、大人の目線で、大人にとって都合のよいメッセージを伝えやすい作品を選んではいなかったか、と子どもの感性を軽んじた選択になっていたように思います。

この本は、子どもについて、また子どもにとって本当に大切な絵本とはどのような作品なのかということを、もう一度自らに問い直させてくれる貴重な提言だと思いました。

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