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家の温度をつくる・・・ (2)

・・・ 家の温度をつくる(1)からつづく ・・・


脳の健康と室温とはどのような関係があるのでしょうか?


スマートウエルネス住宅等推進調査委員会発表資料及び慶応義塾大学伊香賀先生の発表資料に下記のような興味深い資料がありましたので、ご紹介いたします。

調査内容:MRIによる大脳皮質の容積神経線維の拡散度の調査
       年齢40~80才代 男女64名による調査(秋季・冬季調査)
     寒冷群:居間の平均室温13.7℃(床上1.1m)
     温暖群:居間の平均室温19.8℃(床上1.1m)

寒冷ストレスが認知症を引き起こす?
寒冷刺激への暴露がタンパク質の増加を介し脳の健康性を低下させる可能性

居間の室温と脳健康指標の経年変化
温暖群は寒冷群に比べて4~5年後の認知機能を司る分野の脳の健康状態を約7.2歳分若く維持できる可能性

寝室の室温と脳健康指標の経年変化
温暖群は寒冷群に比べて4~5年後の知覚機能を司る分野の脳の健康状態を約3.5歳分若く維持できる可能性


ポイント:
上記は、MRIによる画像および統計的なデータにより、秋季・冬季の室温が脳の健康状態に影響を与える内容が示されています。
では、なぜ温度が脳の健康に影響を与えるのでしょうか?
まずは、気になる認知症について調べてみました。


気になる病気「アルツハイマー病」とはどんな病気でしょうか?


高齢化が進み、シニア層が増えた現在において「アルツハイマー病」の有症率は16.7%(6人に1人)と身近な病気のひとつです。
そして、認知症にはいくつもの種類がありますが、アルツハイマー病は認知症全体の約7割を占めるといわれています。
身近な病気でもありますので、メカニズムを簡単に要約させていただきました。

発病には十数年前よりアミロイドβという異常タンパク質が脳内に蓄積し、タウ病理の伝播が引き起こされ、糸くずのように蓄積したリン酸化タウタンパク質神経原繊維変化)が拡散することにより、多くの神経細胞を死滅させ、物忘れをはじめとする認知症の症状が出現するというのが定説と言われています。


ポイント:
アルツハイマー病のメカニズムは要約すると、アミロイドβの蓄積により、タウの集合体をつくり脳神経細胞であるニューロンやシナプスを破壊するというのが定説です。


アルツハイマー病の薬は?


今まではアルツハイマー型認知症の進行を抑える薬としてドネペジル(製品名:アリセプト 脳内コリン作動性神経系の働きを活発にする薬)がありましたが、2023年アミロイドβを直接除去する抗体医薬としてレカネマブ(製品名:レケンビ)が承認され、2024年には同様の薬としてドナネマブ(製品名:ケサンラ)が、認知症の進行を抑える新薬として承認されたことは画期的なことであると言われています。(進行を約27%抑制させられるという効果)

そして、認知症が進行した患者にも効果が期待できる「核酸医薬」という手法でタウタンパク質の生成を抑える薬が開発中という朗報もあります。

また、体内のアミロイドβの蓄積の検査方法についても、PET検査や脳脊髄液(CSF)マーカー検査だけではなく、血液検査で蓄積量がわかるという朗報もあります。


ポイント:
非常にハードルの高い血液脳関門を通過し、アミロイドβを直接除去し、アルツハイマー病の進行を遅らせることができる薬ができたことは、まさに画期的であり、次のタウタンパク生成を抑える薬が開発中であることもとても朗報です。

 

脳にはどのような仕組みで、アミロイドβなどの老廃物を排出する方法があるのでしょうか?


では、アミロイドβの蓄積が検査できるという事は、脳の外に排出をするメカニズムがあるということだと思われますので、どのように排出されるのか調べてみました。

Natureダイジェストに「リンパ管による脳内の老廃物除去」の記載がありましたので要約すると以下の内容です。

脳自体にはリンパ管ネットワークは存在しないが、髄膜にはリンパ管ネットワークが存在する。そのためタンパク質や老廃物は、血管壁に沿ったISF(間質液)内に輸送され、髄膜(脳を包む膜)中を循環するCSF(脳脊髄液)に到達する。髄膜中を循環するCSF中に到達したタンパク質や代謝老廃物などの分子は、血管壁を通過して血管に輸送されることで脳から除去される。またISF(間質液)は髄膜のリンパ管に入るとリンパ液とよばれリンパ系を循環した後、鎖骨下付近の静脈に合流し循環血液に戻る。なお、アルツハイマー病に関するアミロイドβタンパク質は、主に血管を介してISF(間質液)から除去される


ポイント:
脳内の有害なアミロイドβタンパク質や老廃物はISF(間質液)より脳内から髄膜に輸送され除去されるという排出経路が示されていますが、このISF(間質液)は血管壁に沿って排出されるとされています。脳内では血管そのものに老廃物がはいるのではなく、血管に沿うということが重要であると思われます。言うなれば、脳内に存在する無数の毛細血管が健全でなければ老廃物の排出ができないという事かもしれません。


アルツハイマー病は血管障害?


脳の重さは、からだ全体の約2%と言われていますが、脳の酸素消費量からだ全体の約20%あり、血流量においてはからだ全体の約15%あるといわれるほど、脳は血管のかたまりの大切な器官です。
そして、脳の神経活動は前記のように非常に多くの酸素と栄養が必要であり、他の器官からこれらを脳の隅々に運んでいるのは脳内の血管です。

なお、光りシート顕微鏡(脳血管の平面像を垂直方向に何枚も積み重ねることでを立体的に見ることができる最新顕微鏡)でとらえた認知機能が低下したの患者の血管画像には、血流の悪くなった血管が多数発見され、毛細血管がブツブツと切れ、血管が脱落した画像が映し出されています。また、アルツハイマー型認知症の患者の画像では、正常な人と比べ、毛細血管が細く約30%減少した事例があることも発表されています。


ポイント:
脳は臓器の中でも大量にエネルギーを消費する器官と言われています。
その基となる酸素や栄養素を運ぶため、無数の毛細血管が存在しています。
そしてもちろん手足の末梢血管とは異なりますが、毛細血管ゆえに室温が影響していれば、前記の「室温と脳健康指標」の結果もうなずけるのではないでしょうか。


睡眠中の脳の血流について


脳内の老廃物の除去に関し、2021年に筑波大学統合睡眠医学研究機構と京都大学大学院医学研究科の共同研究で発表された「睡眠中の脳のリフレッシュ機構を解明」に大変興味深い記載がありましたので、抜粋して紹介いたします。

脳に必要な血液中の酸素や栄養素を送りとどけ、不要となった老廃物を回収する物質交換は毛細血管を介して行われ、毛細血管の血流は脳の機能維持に重要

レム睡眠中に、大脳皮質の毛細血管への赤血球の流入が大幅に増加していることが判明し、レム睡眠中は大脳皮質で活発な物質交換が行われ、脳がリフレッシュされていると考えられる。

成人のレム睡眠の割合は個人差があるが、少ないとアルツハイマー病などの認知症などにかかるリスクが高まる。
また、レム睡眠の不足がレム睡眠中の大脳皮質での活発な物質交換を損ない、認知症の発症に関与している可能性がある。

ポイント:
脳内の老廃物の除去は、血管に沿って除去が行われるメカニズムを前記で記載いたしましたが、その重要な毛細血管の血流は、レム睡眠中に活発になるという事が記載されていて、これは非常に興味深い内容であると思います。
また、冬季の睡眠時に寝室の室温が低い場合は、呼吸から体内に入る冷たい空気により、深部体温を一定に保つために自律神経を働かせ、血管の収縮を行うとされていますので、結果として睡眠も浅くなり、レム睡眠にも影響をおよぼし、老廃物の除去にも影響することが懸念されます。


最後に

私の建築領域である「温湿度環境」は、からだの領域では「血管(血流)」に密接に関係し、高血圧における脳梗塞や心筋梗塞及びアルツハイマー病の軽減につながる内容を秘めています。

「家の温度をつくる(1)」では、なぜ健康の為に室温にこだわるのか・温度がからだにどのような影響があるのか
「家の温度をつくる(2)」では、脳の健康と室温の関係・脳の老廃物の排出の仕組み・睡眠中の脳の血流について、記載させていただきました。

これらの内容が、皆さまの今後の健康増進に、少しでもつなげていただければ幸いです。


・・・ あとがき ・・・

私は今まで、長い間セミナーを通して建物の「健康リスクの軽減」をお伝えしてきました。また、設計を通してお客様の健康に配慮する建物をつくってきました。
私の役割は、研究者の先生方の研究やおもいを「実社会のなかで身近な領域から少しでも実現する」ことだと考えています。

年齢を重ねると、からだもだんだん老化していくことは避けられないことですが、年齢を重ねることはその分、知識と知恵が増加することでもあります。
この度の記載が皆さまの「健康寿命の延伸」につなげていただければ、大変嬉しく思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。