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『ネコのころ』

 もう何回目になるのかしら。この家に来てからは3回目。前の家を合わせると10回ぐらい?もう覚えていない・・・

 私たちネコは、誰にも看取られず死ぬことができると、また子ネコに戻ることができる。子ネコに戻った後は、前に居た家に戻るものもいれば、別の家に行くもの、野良になるものなど、新しい生活を選択するものもいる。
 私はこの家が好き。おじい、おばあ、そしてお父さんはとても優しい。けんちゃんは生まれた時から知っているから、私の子どもみたいに感じる。
 時々怖い夢でも見るのかしら、寝ぼけて泣いていることがある。そんなときは、けんちゃんと一緒に寝てあげる。泣き止んだけんちゃんはいつも私をギュッとしてくれるけど、私はネコ、けんちゃんのお母さんじゃないの。

「けんちゃん、おトイレはこうするのよ。」
「ご飯を食べるときは、こぼさずお行儀良くね。」
「道路を渡る時は車をよく見て。」
「信号はちゃんと守るのよ。」

 けんちゃんが「みっちゃんはおりこうさんですね。」なんて、おしゃまを言うから、おもわず笑っちゃった。

”けんちゃんのお母さんになりたいな・・・”

 今日は土曜日、けんちゃんと夜更かししてテレビを見るの。
 早く帰りたいのに週末の寄合が終わらない。最近、転換したネコが近所で出たらしく騒ぎになっている。転換がどんなにいけないことなのかを自治会長がさっきからずっと話している。いくら、けんちゃんのお母さんになりたいからといっても、転換してはいけないってことぐらい私は知っている。

”私はずっとけんちゃんの横に居るだけでいいの・・・”


日に日にけんちゃんへの思いは募る。

”けんちゃんのお母さんになりたい・・・”

”あのお母さんと名乗る女がいなくなればいい・・・”

”3回目はそろそろ終いの予感がする。早くしないと・・・”


 今日はけんちゃんが、あのお母さんと名乗る女と八百新へ行く日。先回りしてけんちゃんたちの前を歩く。あまり近づかせないように距離を置いて歩く。

「あっみつだ!」けんちゃんが気づいた。
「でも様子が変ねぇ。」とあの女が言う。
 まんまと私の演技に騙されている。

「そっと後をつけちゃいましょうか?」とあの女が言った。「ひょっとして死ぬ場所に行くかもよ。」と続けた。
 思ってた通りあの女が後をつけてきた。

「おかあさん、ダメだよ。おばあが絶対ダメって言ってたよ。」
「大丈夫よ。そんなの迷信だし、もし本当に死ぬ場所のようだったら、すぐにやめるからさ。」
 あの女が下品に笑いながら言う。どこまでバカな女なんだろうか。

体が重い、終いまで時間が無い・・・早くしないと・・・

 路地裏の狭い空き地。廃材や壊れたカブが無造作に捨て遣られ、薄暗くて人気のない場所。よし、ここであの女と転換してやる。

”これで私はけんちゃんのお母さんになれる・・・”
”早くけんちゃんをギュってしたい・・・”

意識が薄れていく・・・


 目覚めると、私の前にはあのお母さんと名乗る女が泣きながら心配そうな顔をして立っていた。

 私は誰と転換したんだろう・・・
 足元に子ネコが纏わりつく。


おわり

『ネコのころ』のアナザーストーリー・・・
『人のころ』もよろしくお願いいたします。雪丸


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