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『テンシンシエン!』第38話

◆「カレートイウコト?」

 とりあえず一つ目の一次面接?が終了した。先方はカジュアル面談と言っていたが、正直なところ、カジュアル面談と一次面接の区別がつかない。まぁ面接を受けた感じでは、NEKSTという会社の印象は悪くなかった。先方の目的である人物評価という点でなら、私に対する印象も悪くなかったであろう。

勝手に期待する自分・・・

 気に入らないところは、”スカウト”なのに、結局、品定めされるという点だ。最近はこういうものなんだろうか・・・まぁいいか。なんだか一仕事終えたような感覚を覚え、お昼には少し早いが腹が減った。

「ランチにはまだ早いか・・・・・!っ」
 突然、妙案が浮かんだ。

 普段着に着替え家を出る。初夏を感じさせる風が気持ち良い。午前中の浦和駅西口商店街は、まるで学園祭の翌日のような匂いがする。嫌いではない。その商店街をうろつきながらも県庁のほうへ向かう。平日の商店街といっても、駅周辺という立地のため結構な人の数だ。

 実のところ、今日の行き先はすでに決まっている。以前から気になっていた場所へ脇目も降らずに向かった。

目的地は、裏門通りにある昔ながらの洋食屋さん。

店内を覗くと、お客さんは誰もいない。

「よしよし今日はゆったり楽しめそうだ。」

 実は以前にも来たことがあるのだが、ちょうどランチタイム真っ只中に来てしまったため、先に来ていたお客さんたちが、店の外に長い列を作るほどで・・・待つことが嫌いな私は、そそくさと帰ってしまった。ただ、色々なサイトでレビューを見ると、食べないわけにはいかないような投稿に溢れていて、そんなレビューを見る度、私は脳内でイメージされるビーフカレーやハンバーグ、カニクリームコロッケに厚切りのポークソテー・・・投稿される定番メニューの味を勝手に妄想し、そして舌鼓を打つ。そして、そんな妄想は日に日に美化され、すでに私の中で臨界点に達しようとしていた。
 どうせ無職で暇なのだから、いつでも行きたい時に行けるだろうと思われるだろう。しかし、いつでも行けそうな場所ほど、なかなか行けないものなのだ。しかも、この流行り病の状況下では、お店のほうもランチタイムの開店が不定期になっている。何度か出向いてみたのだが私の戦歴は色々な理由で全敗・・・そうなると、なかなか足も向かなくなっていくもの・・・

「今日はイケる・・」わかりやすい言葉をつぶやく。

”カランコロン、カランコロン・・・・”

「・らっしゃい・・」
 主人と思われる愛想のない男性がこちらを見る。

「こちらのカウンターで・・・」
 私の来店を合図にお店が動き出した感じ。

 なんとなく懐かしい木目のテーブルとイス。店全体はウッディーなコーディネートで温かみのある雰囲気。壁には様々な絵や写真が貼ってある。学生の頃によく行っていた”デラシネ”というパスタ屋さんを思い出す。

まるで1990年代。

 懐古的な気分になっていると、飾り気のない女性が、お水とメニューを持ってきた。

「ランチメニューでございます。」
「あっ・・ありがとうございます。」
 カレー、ハンバーグ、お肉、揚げ物、デザートと、ランチタイムであっても、そのメニューに死角は無い。いずれも1000円前後とやや高めだが、それは十分に妥当であることを、私は知っている。

 定番のハンバーグにするか・・・肉・・・鶏もも肉、豚ロース・・・全部乗せのミックスグリル・・・フライの類も魅力的だ。

よし・・・ここはやはり・・・

「すみません。」
「はい、少々お待ちください。」


「ご注文ですね。」
「えっと”ビーフカレー”、お願いします。」
「お飲み物はいかがしましょうか?」
「えぇっと、コーヒーで。」
「ホットとアイスがございますが・・・」
「ホットで。」
「お飲み物はいつお持ちしましょうか?」
「あっ、食後でお願いします。」
 ビーフカレー(小サラダ付)、食後にホットコーヒー。初めてのお店では、まずこんなオーソドックスメニューから・・・まぁ、レビューを見るとこのメニューはテッパンのようだし・・・いつもカレーをオーダーしがちなところはあるかも・・・せっかくの機会なのだから、ハンバーグとかエビフライとかを頼めばいいのに・・・。


でも美味い・・・ ♪ ♬ ♫


美味しかった😊
自分に合うのでしょうね。
余計な飾りや演出はいりません。
美味しい料理と居心地の良い空間があればイイです。
風体からは想像のつかないエレガンスなメニューと味付け・・・
「ただただ美味しいです」のコメントに歯に噛むオーナー。
無愛想だけど誠実で謙虚な方なんだなぁと思いました。
何度も行きます😆

 珍しくレビューを残してしまった。それほど満足できる逸品だった。

 スマホでレビューを投稿しているときに、何通かメールが届いていることに気付いた。一通は、昨日のDavis、つまりフューチャーコンサルティングの一次面接の件だ。昨日のDavisとの面談結果をフューチャーコンサルティング側へ連絡した結果、人事との一次面接はスキップして、いきなり二次面接、つまり実際に配属される職場関係者との面接になったらしい。
 フューチャーコンサルティングは、比較的慎重な採用活動するらしく、こんなふうに一次面接をスキップするようなことは稀で、Davisの実績としても初めてらしい。Davis社内でも、みな驚いているそうで、担当の田中さんも、いくぶん文面が興奮気味だ。二次面接を来週の6月1日火曜日11時、6月3日木曜日10時、同日の13時から選んで欲しいとあったので、6月1日火曜日11時を希望する旨、返信した。
 他にも転身支援VIPの中舘さんからは、明電、山重の一次面接の案内が来ていた。この二社は先方からの指定で明電が6月9日水曜日13時、山重は6月11日金曜日の10時からということだった。いずれも特に用事は無いので、”その日時でお願いします”と、中舘さんへ返信した。

 ともあれ、今日は、午前中の面接といい、午後からのスケジュール調整といい、なんだか久しぶりに密度の高い一日だった気がする。もちろんランチのビーフカレーも忘れてはいない。

 ただ、こんな現役時代では当たり前、いや、現役の時には遠く及ばない、ただ普通に忙しかった日を過ごしただけで、自分自身に余裕がなくなっていることに気付いた。

たった2カ月怠けていただけで体が鈍っている・・・

これが加齢ということなのか・・・。


■第39話へつづく


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