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一寸先はダイヤモンド
<どうせ無駄だよな>
その一言であらゆる努力から逃げてきた私。
何かやりたいことを見つけた時に私は、即座にネガティブモードに切り替わる。初心者だから何もわからないのは当たり前なのに、その道のプロや成功を収めている人と自分を比較し、あんなふうにはなれないと即座に諦めムードに入る。そして長く苦しい努力の道を歩むことなく、その場にとどまる。
女性と関係を築く場合もそう。折角友人の紹介で素敵な人と出会えたのに、イケメンや金持ちの男性と比較してしまい、自分なんかがこんな人と上手くお付き合いできるわけがないと、はなから敗北感を味わう始末。
noteだってそう。投稿を始めてからまだ半だが自分よりも文章力があって、多くの人の目に留まる投稿を見ると落胆し、自分なんて所詮…と努力をするでもなく意気消沈する。他の人は何かしらの知識やスキルを自らの手で身につけているはずなのに、それをわかっているはずなのに。
全ては完璧主義に起因すると私は考えている。完璧になりたいんじゃない。理想の自分と完璧ではない自分とのギャップに辟易とし、活力が湧いてこないのである。
そして、挑戦をやめる
失敗することがなくなる
経験を失い
人生はつまらないものだと愚痴を吐く
全ては自分のせいなのに
そんな完璧主義で何もうまくいかないと思い込んでいる私が次に取る行動は、『慰め』を求めることである。
世の中には弱き人間を励ますようなサービスが溢れている。自己啓発本やYouTube、noteなどで『そのままの君でいいんだよ』『それが君の魅力だよ』と甘い言葉をかけられる。いや、かけられに行っている。
変わることが難しいなら、変わらない理由を探すまで。そんな心持ちで今日も変わらぬ自分を生きる。
たかが一歩、されど一歩。
赤子の小さき一歩が、人生を大きく変える一歩であることを私は忘れてしまった。
私は今日もダメな自分を責め、心が疲れ、気力を失う悪循環。
やってみよう。
その心意気さえあれば
なんて考え自体が他力本願な気がする。
人生って何から始めればいいんだろう。