第14話 エッセイ『お味噌汁フリーク』
幼い頃、おみそ汁は、苦い食べ物だと思っていた。実家は、八丁味噌のおみそ汁だった。母の生家である魚加工の工場から、大量のいりこが送られてくる。よって、出汁は必ずいりこだった。前の晩からお鍋にいれた水にいりこを十匹ほど放り込み、翌朝煮出す。その出汁の旨味が、子どもにはわからなかった。濃い赤味噌が喉にひっかかる感触も気になり、いつもぐっと飲み干すようにして、朝食のおみそ汁を片付けていた。
社会人になり、ひとり暮らしをする頃になると、おみそ汁という献立は重宝した。苦手ないりこ出汁をやめて、鰹出汁パックを使うようになった。白いご飯に、豆腐や季節の野菜を入れたおみそ汁さえあれば、バランスの良い食事が手軽に出来上がる。発酵食品を、毎日摂ることができるのも、よい。私は徐々に味噌に凝り始めた。白味噌、麦味噌、米味噌を揃え、どの具にどの味噌が合うかを研究して楽しんだ。やがて、農家の手作り味噌などを取り寄せるようになると、すっかり口が肥えた。スーパーで売られているお味噌が薬臭く感じて、食べられなくなった。少々値は張ってしまうが、その頃から、お味噌代はケチらないと決めている。
結婚後は、家族が食べ飽きないように、具も色々と研究するようになった。揚げた茄子を入れてみたり、そうめんを添えたりした。また、とろろ芋をすりおろしてみたり、蟹味噌を溶いて流し込み、蟹味噌汁を作ったりした。こんがりと焼き色をつけたベーコンと、白菜のおみそ汁には、ほんのすこしバターを入れる。幼かった子どもらに人気だった。
ある日、気まぐれに、いりこ出汁の赤味噌でおみそ汁を作ってみた。具は、ネギとなめこだ。ひとくち、口に含んで驚いた。いりこが、赤味噌のコクを爽やかな香りで演出し、非常に美味ではないか。新しい楽しみが増えた、と思った。
今や、すっかりおみそ汁フリークだ。毎食のおみそ汁はもちろん、オンライン仕事の時、画面のこちらで手に持つ、スターバックスのマグカップの中の茶色い液体も、実はコーヒーではない。小さじ一杯の味噌と粉末だしを湯で溶いた、おみそ汁だ。
これは、まだ誰にも内緒にしていることだが。
(800文字エッセイシリーズ テーマ『味噌汁』)