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有宮
2021年8月9日 17:34
僕は支配されている。そう気付いたのは久々に上司に怒られたときだ。 自分がいかに停滞した毎日の中にいたのか、どうして気付かなかったのか。いや、答えはすでに誰かが提示していたのだ。気付くには切っ掛けが必要で、切っ掛けというのは画面や書籍からではなく、突然目の前に刀を持った男が現れでもしない限り生まれないものであった。 上司に怒られた敬意は単純だ。僕は仕事をサボった。夏の暑い日、少しでもすずもうと
2021年2月25日 19:03
この遊びはちょっとした討論のときに使う。話し相手同士で向かい合い、それぞれの手にナイフを持つ。お互いの首にナイフの切っ先を当てて話し合うというものだ。こうすることで『個人』や『組織』の枠を超えた『言葉』同士で語り合うことができる。少しでも気に入らないと感じた場合、ナイフは綺麗に滑るがそれを察知した者も同様の条件である。死ぬかもしれない恐怖が、相手の理解を強めていく──かもしれない。「無駄
2021年2月22日 15:27
最近、社会的弱者が何らかの理由によって死亡している事例が多発している。 その殆どが自動車事故で、ニートや引きこもりの事故死件数が右肩上がりになっている。交通事故なんてこの世界では日常茶飯事。当事者にならない限り、人々の関心は揺れ動かないものだ。 ネットの掲示板で、巷で話題の異世界物作品でのフォーマットに似ていることから、半ばネタ混じりで定着していた。「どうせ異世界でウハウハしてるんだろう
2021年2月20日 16:44
つくづく銀行の人間というのは目の前の数字のことばかりしか見ない。前の担当は人情味があって我々に適切な助言を頂いたと言うのに、新しく担当になった蔵元という若い男は数字のマイナスの文字を見て鼻を鳴らした。「相田さん、この半年で随分と堕ちましたね。まあこのご時世、よく保っていると思いますがね。ですが、もう半年もこの調子では、さすがに融資を考えなければなりませんよぉ」 腹ただしい口調で倉本が書類
2021年2月20日 16:43
俺たちはとうとう魔神を見事滅ぼすことに成功した。 ただの高校生だった俺は、ひょんなことから力を授かり、同じ力を持つ者と時にぶつかり、絆を深めながら、悪神という人類の敵に立ち向かった。 誰も称賛することのない宛のない戦いは、とうとう終演を迎えた。悪神を作り出した魔神が蘇り、悪逆の限りを尽くした。様々な犠牲を払い、仲間たちと決死の戦いへおもいた。そして世界同士が手を取り合い、人類の力が勝利した
2021年2月20日 16:41
見ているのも眩しいくらいの天井を眺めるのが、僕という人生の殆どだった。 鋭い針が幾重にも腕に刺さっている。医療の機械が点滅音を絶えない。 僕の意識が目覚めているときは、まずは生きていることを確認して、窓の外がどんな天気を確かめる。さんさんとした日光が出ているときや、雨が降っているときは季節感がよく分からないが、雪が降っているときだけは体が『寒い』という感覚を思い出していく。いまは冷たいもの
2021年2月20日 16:40
最近マネージャーがうざい。 スケジュール管理がめんどい。 礼節ある振る舞いをしろとうるさい。 元ヤンに期待しすぎだろこいつ。 もし男だったら思わず手を上げちまうやつだ。「垣根さん。昼の生番組、不適切な発言をしようとしましたね。次からは気をつけてください」「あぁ? 別に気にするようなことでもなかっただろ。ツイッターでは炎上してねえしよ」「現場は一瞬冷えましたよ。MCが寛大な人
2021年2月20日 16:39
これは好きな女性にアプローチできない童貞男の、彼女のことを淡々と綴ったチラシの裏の書きなぐりである。 私が彼女を見たのは、足元から寒さが這い上がってくるような冬の日だった。早朝の仕事を初めて幾月も過ぎていなかった。覚えることがたくさんあったが、清掃というのは慣れていけば単純な労働と化す。人間、できるようになったときが一番楽しいものだ。 ショッピングモールの開店前は活気づいていた。すれ違い
2021年2月20日 16:37
僕はグルメ評論家である。テレビやラジオに出演し料理の感想を披露して、各地の名店を紹介している本も出版している。プライベートでも知る人ぞ知る隠れた店をめぐるのも、ボク個人の密かな楽しみだ。 人間というのは不思議なもので、味より満腹度の度合いで幸福度が変わるそうだ。B級グルメはわかりやすい味付けと満腹になりやすい炭水化物をふんだん使ったことで、大衆に浸透したのだ。 B級グルメは所詮、大量の油
2021年2月20日 16:36
轟々と燃え盛る炎の中に、聞くも痛々しい悲鳴が山中に響き渡る。びゅうびゅうと金切る風の音が運んでいるのかもしれない。村人たちは燃え盛る遠くの山を眺め、他人事じゃない思いに慄然としていた。「あそこは山村辺りじゃろ。村人は平気だろうか」「雨が降るか、燃える物がなくなるまで待つしかない。せめてこちらに燃え広がらないように祈るばかりじゃ」 そこに一人の旅人がやってきた。両肩に背負っているのは薪を
2021年2月20日 16:34
この世には不可避の出来事がある。 生誕、食事、排泄、睡眠、成長。人間は特別な事情を抱えていない限り、これらを回避する術はない。一生つきまとう問題だ。 だが世の中はこれだけで収まらない。交友、贅沢、勉学、反発……と二字熟語どころか四字熟語の出来事が散乱している。 特に『異性』の問題に関しては異様だ。 人の歴史の節目にやってきては、いままで積み上げてきた『価値』をゴミ箱に放り込んでし
2021年2月20日 16:33
噂には聞いていたが、まさかこの街の地下で人身売買を行っているなんて本気で思わなかった。 いいや、見て見ぬ振りをしていただけなのかもしれない。最近、首輪で繋がれた子供の数はあの日を境に増えていった。 勇者が魔王を倒すために誕生したが、その権威をとことんふるい、ゆく先々で女性を孕ませていったらしい。しかも無理やり関係を強要したともっぱらの評判だ。民意は勇者に対して断罪を要求した。 世界が
2021年2月20日 16:29
人は格差を作って、己の存在を証明しようとしている。生まれ落ちたその時から格差は決まっている。 親がいないもの、または貧乏な家に生まれたものは不運でしかない。 僕はずっと格差の底辺地にいた。両親は借金苦で、僕を置いて天国へ昇った。施設に預けられた僕は、そこでも人間性についての格差を受けてしまう。 引っ込み思案なだけで、人より感情表現が苦手なだけで、僕と同じ立場にある人間は攻撃を加えるの
2021年2月20日 16:15
世界最高峰のお茶会が幕を開いた。 最初の議題は、国の情勢からだ。私は開口一番に言った。「A国では反乱が起きているのですね。やはり、『外の世界』を知ってしまったからでしょうか」 お茶会は仮想空間上で行われる。無論、本物そのままに参加する者はほぼいない。顔の骨格や性別。立場さえ欺かなければ、いまの世界で生き残ることは難しい。「仕方がなかろう! A国はただでさえ広いのだ。お前らのように国土が小