【SS】 誰かがわたしを異世界送りにしようとしている 【ショート・ショート】
最近、社会的弱者が何らかの理由によって死亡している事例が多発している。
その殆どが自動車事故で、ニートや引きこもりの事故死件数が右肩上がりになっている。交通事故なんてこの世界では日常茶飯事。当事者にならない限り、人々の関心は揺れ動かないものだ。
ネットの掲示板で、巷で話題の異世界物作品でのフォーマットに似ていることから、半ばネタ混じりで定着していた。「どうせ異世界でウハウハしてるんだろうなw」というふうにだ。死亡した者が社会的弱者であるのも、故人をいじり倒せる娯楽と化した要因なのだろう。
わたしは全く笑えなかった。
自分自身、実家ぐらしの引きこもりであることが理由の一つ。
そしてもう一つ。ネットの与太話を思い出せるくらいに、わたしの目の前で自動車やトラックの事故が立て続けに起こったからだ。
ちょっとした買い物帰りの信号待ちに、車両が歩道へと乗り上げ柱や建物へ激突したり、横断歩道を渡っているときに赤信号待ちしている車両が突っ込んできたりと、肝が冷えた体験は十は超えている。
目の前で事故が発生すれば、市民の義務的な心情が突き動かす。車両に近寄って運転手の安否を確認したり、警察や救急車の手配をするのが当然だ。誰一人死ぬことなかったのは本当に良かったと思えた。その反応さえなければ──。
事故を起こした彼らは、なぜかわたしを見ていた。事故車両や状況、安否確認をする他人や、事故を起こしてしまった自分自身にではなく──わたしだけを一点に。
痛みに苦しんでいるのではなく、もっと他のことに苦しんでいるように思えた。例えるなら、仕事をミスしてしまった憂鬱な気分に近い。
具体的に言葉にすると、背筋が凍りつきそうで考えたくない。今までの事故が、わたしに対してのアプローチなわけがない。頭ではわかっていても、本能的な部分が危険信号を発している。
最近は外に出ないように努めている。もともと、ニートではあったが、親からのお小遣いで様々なイベントに参加している、いわゆるアグレッシブなニートだ。
働くことがなんとなくいやで、バイトを始めても長続きせずバックレる。そんな自分が最低の人間だという自覚があり、それでも直すことにエネルギーが向かない。
親が死んでも、自分が死ぬだけだ。
こうなったのは全てわたしに危害をくわえ、権利を侵害した者たちのせいだ。
わたしは悪くない。だから殺されるいわれもない。
だがある日、引きこもっているばかりで体を壊してしまった。救急車で病院ヘと運ばれ、痛みと不調にあえぐ日々を送った。体調がもとに戻り始め、見舞いに来た両親は泣いて喜んでいた。
──生きていてよかったわ。
──お前がいなくなったら、俺たちはどう過ごせば良いんだ。
あまりに大げさだったので、私はバカバカしくなって大笑いした。こぼれ落ちる涙をごまかすためにも、とにかく笑い泣きするのだった。
病室で毎日見舞いに来る両親と話をするうちに、あの噂がいかにバカバカしいものかと思い知らされた。
結局は自分が勝手に妄想に取り憑かれていただけのことだ。
偶然が揃っているだけで、わたしを乗用車で殺害する意図なんて普通に考えてありえない。ヤクザの事務所に侵入して組員を殺したでもしないと、本当の危険はそこにはない。
退院が近づき、わたしは先の人生を少しだけ考えた。親より先にわたしが倒れてしまった。それがこれからどうするか、どうしたいかを決めるきっかけになった。
まずはバイトでも始めよう。長続きするかわからないけど、自分で稼いだお金でグッズを買ったり、イベントを参加すれば親も文句は言わないだろう。
両親ともども、わたしのことを案じてくれている。
親孝行でもして、いままでのツケを払えたらいいのに──。
退院して親の待つ駐車場へ向かったそのとき、わたしの目の前に大きな影がよぎった。同時に固い物体が歪んだ音が聞こえてくる。あとはべチャリという生々しい音を最後に、モスキート音のようなか細い高い音だけが耳に残った。
口が開いたまま固まって動かない。いや動かそうという気概を感じない。アスファルトの溝に赤黒い液体が広がっているのが見えた。大量出血のした血の色を、知ることになるとは思いもしなかった。
異世界へ行くのだろうと想像した。向こうはどんな世界観が広がっており、不思議な生物たちにあふれているといいな。何となく期待を抱いて意識が遠のいたとき、その声は聞こえた。
「し、死んだのよね?」
「た、多分そうだろう……。あんだけ失敗しちまったのに、業者は金だけはせびるもんな」
「でも良かったじゃない。社会のゴミが生きているなんて、世の中に顔向けできないわ。どこで育て方間違ったのかしら」
「もういいじゃないか。これで余生を楽しく過ごせる。俺たちは、もう間違いようがない。ほら、ここから悲劇の親子を演じよう」
誰かが異世界送りにしようとしている──わたしは絶対に『さつい』を忘れないように祈りながら、現世から旅立った。
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