環境保全についての一考察とその実践
皆さんお久しぶりです。
二月半ばから怒涛の勢いで時間が過ぎて、気がつけば四月も後半。note更新もすっかり空いてしまいました。
しかしながら、この2ヶ月は有意義な時間になりました。環境保全についての考え方にしても、その実践にしても、かなり形になってきたように思います。
今回はそんな話を記していきます。例に漏れず、大分長編になると思いますが、御付き合い願います。
はじめに
なぜ生物多様性を保全することが大切なのか。その重要性は鳥取県の生物多様性地域戦略の中にも明記されています。
私達の生活には生態系サービスが溢れています。生態系サービス=生物多様性の恵み……自然の恵みと言い換えても良いかもしれません。
例えばスーパーに並ぶ海産物はそのまま魚類という海からの生態系サービスですし、川で遊んだり山を散策したりといったレクリエーションのような楽しみ方も生態系サービスのひとつ。また間接的なもので言えば、山が空気や水を供給してくれたりするのも含まれます。
私たちの生活や産業、文化、様々な側面を支えてくれている生態系サービス。この自然の恵みを受け続けるためにも、生物多様性の保全は必要なのです。
ただ今回は「生物多様性保全がなぜ必要か」という点について深くは掘り下げません。この記事を読んでくれている方は、ほとんどがその重要性をご存知だと思います。
それに、ただでさえダラダラと長い私の記事がさらに長くなってしまいますので、サラッと流すことご了承ください(汗)
保全方法を5段階に分けて考える
生態系サービスをしっかりと利用していくためには生物多様性が大切。そのために生物多様性を守っていかなければなりません。
しかし実際問題、環境保全をするというのはなかなか難しい。開発の危機に直面しているとかでもない限り、どのようにすれば良いのか分からないという感じです。
そこで先ず、保全のパターンを分けて考えてみましょう。
保全方法を5段階に分ける時、何を基準にするか。個人的には「生物多様性を優先するか、それ以外を優先するか」の割合の違いで考えると分かりやすいと思います。
この図だけだと分かりにくいので、それぞれのレベルについて解説します。
最も環境保全を優先する方法は規制することです。その種やその地域から人間の悪い影響を排して、保全に全振りするやり方です。一般的な自然保護のイメージもこれに近いかもしれません。
例えば、写真は鳥取県で希少野生動植物種に指定され捕獲が禁止されているミナミアカヒレタビラ。他にも県自然環境保全地域や天然記念物もこの規制に含まれると思います。
規制は非常に強い方法のため乱獲や開発の影響を受けにくい反面、人との距離が開き身近に感じず関心が薄れたり、問題が発生した際に簡単に対処できない、そもそも規制をかけるためのハードルが高いなどのデメリットもあります。
次に生物多様性保全を優先する方法です。
生物のために作られたビオトープなどがこの方法に含まれます。ここでは農作物は作りませんし、生物をかなり優先しています。ただ規制されている自然保護区に比べると手を加えやすく、自然観察会などの場所に活用しやすいです。
その反面、生物多様性に関心が低い人たちからするとただ草や虫が多い未利用の土地に見え、農地や駐車場にした方が良いと思う人もいるかもしれません。地域の人との合意形成が難しい手法でもあります。
次に生物多様性と産業を両立する方法です。
生物多様性に配慮し生態系サービスを最大限引き出す方法です。
例えば豊岡市の「コウノトリを育むお米」や佐賀市の「シギの恩返し米」などです。どちらも生物が水田を利用できるように配慮し、その代わりに付加価値として生態系サービスを利用しています。
これはwin-winの関係に見えますが、このような栽培方法は非常に手間がかかる上に、日本のオーガニック市場もまだまだ小規模で、このような手法はまだまだ広がっていません。
今回は場所メインで考えていますが、漁業資源を守るための外来種駆除や生息地整備、観光資源を守るための自然保護なども、生態系サービスをより活用するために生物多様性への配慮を強めるという仕組みですので、ここに含まれると思います。
その次にあるのが生物多様性に配慮しつつも産業を優先する方法です。この場合の産業は社会や開発に置き換えても大丈夫です。
写真は鳥取市の千代川支流の河川敷にある湿地です。鳥取環境大学のアドバイスのもと、樋門の改修工事の際にスナヤツメやアカハライモリなどの生物が利用できるように作られたワンドのようなものです。
樋門や河川の改修工事は水害対策や利水のために行う必要があります。ただその時にこのような小さな湿地を造成することで、工事前よりも環境を豊かにすることもできます。
河川改修関連ではこれは多自然型護岸や穴あき護岸などの配慮工事、大規模開発の場合の生物種の移植、浚渫(川や水路などの砂泥を取り除くこと)の際の底生生物への配慮など様々なものがあります。
あくまでも周辺の産業や開発を行うことが前提で、そこに配慮を組み込むことで生物多様性との共存を図るというのがこの方法です。
ほんの少しの配慮でも生物が生き残れる可能性は跳ね上がりますし、様々な事例で取り入れやすい最も可能性がある手法ですが、工事や開発の関係者に生物に知識がある人がいなければそもそも生き物がいることに気付かないまま着工してしまったりと、惜しい事例が非常に多いです。
そして最後は問題にのみ対処する方法です。
例えば用水路で凄まじい量の外来植物が繁茂してしまった場合、農業用水路としての機能を失うだけではなく、流れを阻害して氾濫を誘発してしまいます。もちろん周辺の生物多様性にも大きな影響を与えてしまっています。
これは産業にも社会にも生物多様性にもデメリットです。これは対処せざる負えません。
他の方法とは異なり、こちらは最低ラインといったイメージです。
なぜ「問題にのみ対処する」という消極的な方法を取るのかと言えば、それは取り組む場所の割合を見てみると分かります。
2021年8月~11月にかけて鳥取県東部のため池を約300ヶ所ほど回った時のものです。水草を基準にランク分けしてみると、希少種が生息するため池は極僅か。
それどころか250ヶ所がなにもいないか、ヒシくらいしか生えていないという状況でした。
鳥取県東部にある360ヶ所のため池全てを保全することが出来れば最も良いでしょう。しかし、そんなことが可能でしょうか。そんな人手も予算もどこにもありません。
だからこそ、それぞれの生物相の調査から優先順位を定め、保全に取り組むべきだと私は考えています。
ため池の水草で言えばこの250ヶ所に関しては基本的には何もせず、ここから周辺に悪影響を及ぼすような問題が発生した場合は対処する、これが現在選択することが出来る数少ない方法のひとつではないでしょうか。
ここまで解説してきた5つの保全の方法と、生物調査で見えてくる地域の生物多様性の現状。それらの各要素を組み合わせることで、その場所で取るべき最前の方法が見えてきます。
その場所の生物相はどうなっているか、地域住民の意向はどうか、立地条件はどうか、行政はどう判断するのか、どのような方向性なら合意形成が図れるか、保全をするなら誰が主体となって活動するのか等など……考えるべき要素は数多くあります。
「保全はこうすべきである」という手法がないからこそ、それぞれの状況に合わせてケースバイケースの判断をしなければなりません。
「この地域は自然保護に肯定的だからビオトープ化まで出来るな」とか「ここは農業が盛んだからどうにかして配慮するというところをゴールにしよう」という場合もあれば、「この場所は優先して取り組むほど生物が残ってないな」や「状況は悪くないけど僻地過ぎて維持出来ないから諦めるしかない」みたいなこともあるでしょう。
そもそも地権者が誰もわからず、どうすることもできないなんてパターンもあります。
なるべく多くの情報を集め、その場に即した動き方を選んでいく必要です。
さて、ここまでなんやかんやとそれっぽい言葉を並べてきましたが、問題はそんなことが出来るのかどうかです。今回はそれについて考えていきましょう。
考察から実践へ、環境先進地区を作る
環境保全の要素を5つに分けて考えただけなので、逆に言えばこの5つの方法を上手く組み合わせて実現できれば、それは現状行うことが出来る最大限の環境保全といえるのではないでしょうか。
それを実現することが出来れば、まさに環境先進地区の設立と言えます。環境先進県“鳥取”にいたるための最初の一歩です。
ただ規制に関してはどこでも指定すればいい代物というわけではなので、とりあえず置いておいて、残りの4つの方法について実現可能か考えていきたいと思います。
鳥取県船岡町。
現在は合併して八頭町になっていますが、鳥取市から車で20分ほどで行ける自然豊かな町です。
写真中央の南北に伸びる千代川水系大江川とその東側を流れる見槻川、西谷川流域を中心とした地域が船岡町です。
また並行して船岡町周辺の生物調査を実施、現時点(2022年4月)までに約40ヶ所を調べました。そこから見えてきた自然環境と地域を掛け合わせ、取るべき環境保全の手法を模索していきました。
ケーススタディから考える環境保全
それぞれの事例の中にどんな要素があったのか、何を守ろうとし、どのような行動をとったのか、すべてがケースバイケースです。ここからはケーススタディ(事例研究)を用いて、これまでの具体的な活動を振り返って環境保全について考えてみます。
生物多様性と農業の共存
ここまでで述べた5段階の環境保全の中から、まずは生物多様性と産業の共存について考えてみましょう。船岡町は農業が盛んな地域であり、今回は地域の主幹産業である農業との共存について模索していきます。
ケーススタディ1 農業用水路とサンインサンショウウオ
船岡町は大江川や見槻川、またその支流沿いにも多くの耕作地があります。そのため必然的に山に面した耕作地も多く、適度に開けた耕作地周辺の環境は生物が利用しやすい場所でもあります。
そういった里地里山は生物多様性が豊かな反面、維持管理する中で生物の生息環境と重なってしまう場合も少なくありません。
このような山際の水路は山からの土砂で埋没しやすく定期的に泥上げをしなければ使えなくなってしまいます。
同時に、この水路は絶滅危惧種(鳥取県 絶滅危惧I類、環境省 絶滅危惧IB類)に指定されているサンインサンショウウオが産卵に利用していました。土砂が溜まり流れが緩やかになった水路が彼らの産卵地に適していたのでしょう。
この場所が緑地や公園など環境であれば、サンショウウオが陸に上がる初夏以降に泥上げを行うなどの季節に着目した配慮の方法があります。しかしここは農業用の水路。稲作の準備が始まる春までに整備しなければ農業に支障が出てしまいます。
農業用水路の維持とサンショウウオの産卵地の維持、どちらかを取ればどちらかが失われる状況です。
こういう時は、この水路を取り巻く要素を分解して考えることが重要です。
今回は農繁期に入る前までに整備する必要があるため、時期に制約があります。つまり、他の場所のように時期をずらして整備するというのはできません。
また、見ての通り水路も細いため、一部土砂を残して流れを緩めて産卵場所を確保するというのも難しい。今の水路の幅でそんなことを行えば、すぐに水路が埋没してしまいますし、水路の幅を広げる場合は工事を誰が行って予算はどこが出すのかという問題があります。
そもそも農業者の方にとってはサンショウウオがいることは重要ではありません。水路機能を損なう方法やお金や時間がかかる水路工事を「サンショウウオ」のためにやってくれというのはお門違いです。
ここまで考えてみると状況は厳しそうですが、逆に現段階で幸いだった点を拾いだしてみましょう。
この泥上げ作業が3月中旬だったため、山間で内陸部のこの場所では水温が低く、まだ産卵は始まっていませんでした。
地元の方もサンショウウオを嫌っているわけではありません。つまり作業の邪魔にさえならなければ、生息していることは問題になりません。
この場合の解決策に必要な条件は「農業の邪魔にならず、なおかつサンショウウオが産卵できる環境を整える」になります。
そこで、私たちはサンショウウオが見つかった水路から少し山側に入った場所で代替の産卵地の候補を探しました。
幸いにも水田跡の石垣の下に水路の跡があり、大学院で両生類を研究していた友人からのアドバイスのもと、産卵に適した緩やかな流れの水辺を造成しました。
ここなら農作業の邪魔にもなりませんし、最初にいた場所から僅か数m程しか離れていません。泥上げ作業中に見つかったサンショウウオ達はここに避難させました。
サンショウウオからしたら強制的に引越しという形になってしまいましたが、コンクリート側溝に流されてしまうことは避けられました。
翌月の代替湿地から見つかった卵嚢の中には、順調に成長するサンショウウオの幼生が沢山。
様々な要素の中から取り得る選択肢を探すことで、農業用水路を維持しつつ、サンショウウオの産卵場所も確保する。実際行ったことといえば、山際の溝をちょっと掘ったというだけですが、どんな配慮が出来るか、どのような妥協点を見つけられるかどうかが、保全する上で大きな意味を持ってきます。
ケーススタディ2 休耕田と湿地生態系
船岡町のとある谷。
ここも10年ほど前に耕作放棄地だった場所を開墾し、今では立派な水田が並んでいます。写真はその中の1枚の田んぼ。耕作を行っていない休耕田です。20枚もある棚田の中腹、この1枚だけが耕作されていません。
というのも、この水田だけ凄まじく水捌けが悪いのです。というか、調べてみたら水捌けが悪いのではなく水が湧いていました。
湧水が湧き上がる……これでは水が捌けないのも納得です。ここまで水浸しだと、重機ははまるし、中干しは出来ないし、農地としては非常に使いづらい。そういった理由からこの1枚だけが休耕田として残っていました。
ただ農地としては赤点でも、生物の生息地としては満点の環境です。常に水があり、水深も深いところは20cm程あるため湿地生物の楽園になっていました。
これまでにシュレーゲルアオガエル、ツチガエル、ニホンアマガエル、サンインサンショウウオ(鳥取県 絶滅危具I類、環境省 絶滅危惧IB類)、アカハライモリといった両生類が見つかりました。
また水生昆虫はクロゲンゴロウ(鳥取県 絶滅危惧II類、環境省 準絶滅危惧種)、ヒメゲンゴロウ、ガムシ(環境省 準絶滅危惧種)、コオイムシ(鳥取県、環境省 準絶滅危惧)、ミズカマキリ、マツモムシなどが見つかりました。水生昆虫の知識がほとんどない私が調べてこれなので、今後更に多くの種が見つかる可能性が高いです。
さて、生息地としては非常に優秀なのは分かりましたが、この場所とどのように共存していくか考えなければなりません。
この場所の水捌けを良くして農地として復活させるためには、かなり手を加えなければなりませんから、この休耕田は当面は今の状態のまま放置されるでしょうし、差し迫った脅威はないと思われます。だからといってこのまま放置しておいて問題がないのかというと、そうではありません。
この状況が保たれるのは、この場所が周辺にとって無害な時だけです。言い換えれば、この場所が有害になった場合は、残すことが谷にとってのデメリットになってしまいます。
有害になるパターンとはどのようなタイミングでしょうか。
この休耕田の周りは他の耕作地に比べ、あまり整備されていません。その分泥が堆積しやすく、周辺の排水路が詰まっています。すると今度は水路から溢れ出した水が畦(あぜ)を削ってしまいます。こうなると農地としても湿地としても状況が良くありません。
そんなことになるのかと思う方もいるかもしれませんが、山中の耕作放棄地の多くの畦がすでに崩れ、一面の湿っただけの場所になっていることはよくあります。しかし、水深もなく湿地としても中途半端なので利用する生物も少ないです。
こうなると農地に戻すのも大変ですし、下流側への土砂の流出も問題になります。この谷の休耕田の場合はこうなる前に対処すると思われますが、何にせよ今の環境は変わります。
もっと短期的な視点で言えば雑草や害虫の温床になって、周辺の水田に影響を与える可能性があるという点です。この湿地から雑草が拡大していくようなことになれば、この場所の印象も悪くなります。
そういったことを防ぐためにも、最低限の維持管理が必要になってきます。
3月の水路整備の際に、私たちでこの休耕田の周りに埋没していた水路を掘り返しました。差し迫った危機ではないので基本的な方針は現状維持、とくに何かしなければいけないという訳ではありませんが、最低限の草刈りや水路整備など、この場所を維持したい側が提案し行なっていった方がよりこの場所が残る可能性が高まります。
この場所は生物種も多く、車で行けることからも観察スポットとして優秀です。
私たち生物屋(生物の愛好家)がフィールドワークのついでに少し整備するだけでも休耕田が荒れるか、このまま維持できるか(≒維持してもいいと周りが思えるか)は大きく変わってきます。
「最近はなんか若者たちが水路掃除したりカエル捕まえたりしてるし、全面改修するのも大変だから今のままでいいか」みたいな、感情のスキマに入り込ませることも共存の方法のひとつではないでしょうか。
生物多様性と農業の両立
ケーススタディ3 希少種保護のためにどんなメリットを提示できるか
次は環境保全と農業の両立に向けた試みについて、考察してみます。
山際の農業用ため池。ここには鳥取県、環境省ともに絶滅危惧I類に指定されているヒメフラスコモという車軸藻類が生息しています。
車軸藻類自体とてもマイナーな生物ですし、池の深いところに生えているために上から見てもよく分からないという、保全するにもこの上なく関心を集めにくい種ではないかと思います。
さて、こんなマイナーな希少種が生息するのは写真のような池。ヒメフラスコモは水質悪化や富栄養化に弱く、多くの池が富栄養化している鳥取県でも人知れず姿を消している可能性が高いです。
しかも、こういった山間で偶然生き残っていた池があったとしても、別の問題もあります。
それが防災重点ため池です。
八頭町船岡地区のため池も多くが指定されています。これに指定された使用されていないため池は次々と撤去されています。確かに、管理されなくなって放置されたため池の決壊リスクは無視できるものではなく、仕方がない側面もあります。しかし、絶滅危惧種の生息地であっても、その事を把握することすらせずに撤去してしまうのは些か早計ではないかと感じます。
実際に工事前に希少種が生息している事が判明すれば移植などの代替措置が取られることもありますが、ヒメフラスコモのように生息地を選ぶ種は簡単ではありません。
では、このような種を守るための最善策は何なのでしょうか。
それは簡単。
この農業用ため池を農業用ため池として使い続けることです。もちろん決壊リスクを下げるための維持管理は必要ですが、防災重点ため池に指定されていても使用中のため池は撤去されていません。この場合、農業を続けることこそが、ヒメフラスコモの生息地の維持に繋がります。
しかし問題は、このヒメフラスコモの池の周辺がすでに耕作放棄されていることです。
農業用のため池ですから、農業に使われなくなれば池としての存在価値が下がります。そしてこのため池が不要になれば、撤去される可能性も高まります。仮に撤去という判断にならなくても、管理されず落ち葉などが溜まっていけば、いずれ富栄養化したり、埋没したりしていくことでしょう。
農業用ため池としての価値を復活させることこそが、希少種保護にも繋がるというわけです。
そのためには耕作放棄地を解消して、利水を復活させなければなりません。
1度耕作放棄されてしまったら元に戻すのが大変。それでさらに放置され、手に負えなくなるという悪循環に入ってしまいます。
最初の労力を誰が払うかという問題です。
幸いにも今回、希少種を保全したい私と耕作放棄地を解消したい地域との利害関係は一致しています。
ということで、耕作放棄地解消に向けた開墾作業に取り掛かりました。全部で6反。最初から全ては手に負えないので、今年は2~3反ほど耕作地に戻しながら残りは整備に留め、来年以後広げていければと考えています。
加えてこの耕作放棄地は、あちこち湿地状になっていてヒキガエルやサンショウウオが産卵してる場所もありました。耕作放棄地解消する傍ら、私たちなら水田の周辺に彼ら両生類や水生昆虫が生息できる環境も整えることができます。まさに一石二鳥です。
また、普通に稲作しても良かったのですが、今年取り掛かった面積が2~3反ほどなので、田植え体験や週末農業といった試みも行う予定です。これは私ら教育推進局環境部の生物班だけでなく、農業班にとっても農業体験を提供する場所という価値を見出せたからだと思います。生物班の学生にとっても、地域の方との交流の機会になればと思います。
多くの方の協力や様々な側面からの付加価値付けのおかげで、生物多様性と農業の両立という今回のケースは上手く進み始めています。
最初に生物多様性と農業の両立の例として、無農薬などの配慮をする代わりに付加価値を高めた稲作を取り上げました。それから考えると、今回の事例はかなり違うように見えるかもしれません。
ただ分解して構図を考えてみると面白いものが見えてきます。
コウノトリ米を例にとって見てみましょう。
コウノトリを守るために(保全側の目的)
冬水田んぼや無農薬栽培などを行った結果(行動)
米の付加価値が高まった(産業側のメリット)
ヒメフラスコモを守るために(保全側の目的)
ため池の必要性を復活させた結果(行動)
耕作放棄地が解消された(産業側のメリット)
要素は大きく違いますが、構図はあまり変わりません。シンボル種と無農薬栽培、そこからの付加価値というところまで昇華させるのはなかなか難しいものがありますが、その場の生物相や地域の状況を踏まえ、置き換えていけば何らかの解決策が見えてくるはずです。
結果として、この場所では生物多様性には希少種の保護、農業にも耕作放棄地の解消という形で双方メリットを得る形で進めることが出来ました。これもひとつの生物多様性と農業の両立の形だと思います。
生物多様性保全を優先する方法
ケーススタディ4 里山から考える環境保全
上記のヒメフラスコモの件は、農業用ため池の必要性を上げるために農業との両立を図る必要がありました。
では、次のようなパターンはどうするべきでなのでしょう。
この谷にはため池と杉林、雑木林、牧草地、農道、そして水田跡地があります。
ここは農地からも離れており、ほとんど来る人もいません。ここを比較的自由に活用出来るとした場合、どうするべきでしょうか?
この情報では答え出せません。とりあえず調べてみなければ始まらないので、2~3月に調査を進め、この里山を取り巻く要素を洗い出しました。
農道
・里山植物が比較的多い
・ササや竹が放置され道を塞いでいる
ため池
・アメリカザリガニが非常に多い
・池のほとりにサンインサンショウウオが産卵に来る
ため池上流側の杉林内
・水田に植林しているため地盤が緩く倒木が多い
・林内全体が湿地状になっていてアメリカザリガニが非常に多い
・僅かにサンインサンショウウオが産卵している
・林道が埋没している
最上流の水田跡地
・畦がほとんど崩れ、全体的に水捌けが悪いなだらかな斜面になっている
・イノシシが掘った穴にヒキガエルが産卵に来ている
ざっと考えないといけない要素はこんな感じでした。
ため池から林内にかけてアメリカザリガニが生息しているのは厄介な要素です。動物、植物ともに大きな被害を与えてしまうアメリカザリガニ。水草が一面を覆う池がアメリカザリガニの侵入で1年で全滅したという場所もあります。
それだけ厄介な相手ですが、直接繋がるルートが無かったからか幸いなことに水田跡地には侵入していませんでした。
また、この記事ではお馴染みのサンインサンショウウオも僅かに産卵に来ているようですが、僅か1m程の水たまりにアメリカザリガニが30匹も居るような環境では生き残るのは困難です。
そこで今回は、最上流の水田跡地に湿地を造成するところから始めました。作業に入った雪解けのタイミングは両生類の産卵期。アメリカザリガニがいない産卵に適した環境が少ない以上、産卵場所の確保が最優先だと考えたためです。
スコップでガンガン掘って、畔を叩いて作って、棚田状の湿地を造成しました。なんと掘った翌日からサンインサンショウウオが産卵に来てくれました。というか、彼らの水辺察知能力は半端ない。
1週間程で写真のような形に整備。水田跡地のビオトープは好評らしく、季節が進むにつれツチガエル、ヤマアカガエル、シュレーゲルアオガエルなどが顔を見せました。
4月現在、ビオトープ群は生まれた無数のヒキガエルのオタマジャクシと、順調に成長するサンインサンショウウオの幼生が泳いでいます。
さて、最上流の環境が良くなったのはいいですが、今まで侵入してこなかったからと言って下流側からアメリカザリガニが侵入してこないとは限りません。
アメリカザリガニが周辺環境に拡散する可能性の懸念から、ため池、林内での網や罠を使った駆除を始めました。
根絶が難しく確実に長い戦いになるこのような活動にあまりリソースを割きたくないのですが、ビオトープ群に侵入されては困ります。特筆するような生物が生息していないこの池は保全の優先度が低いのですが、対処する必要があります。これは保全の方法で述べた問題への対処です。
小型の個体はタモ網を使い、大型の個体は罠で継続して捕まえ駆除します。
駆除を続けた結果、初日は1ヶ所に20~30匹いた林内の水たまりも、頑張って探しても1~3匹しか捕れないほどに減少しました。ため池の方は全体の数が把握出来ないのでなんとも言えませんが、林内のアメリカザリガニが激減してくれたのは一安心です。
また杉林内にはドジョウも生き残っており、驚かされました。水田から杉林になって数十年、しぶとすぎます。今後増えて欲しいですね。
上流側から水田跡地をビオトープ、杉林内と溜池でのアメリカザリガニ駆除とやって来ましたが、次はビオトープに至るまでの農道の整備です。
ビオトープまでの道はたまに農道としても使うことがあるのですが、冬の降雪による竹や笹が倒れ道を塞いでいたり、山水で道がドロドロになっていたりとあまり通りやすい道ではありません。そこで、竹藪を整備したり、水捌けを良くするための排水路を作ったり、埋没した林道を掘り返したりもしました。
繫茂していたササや竹を間引いた場所は、春には多くのワラビや里山植物が顔を出しました。
このような形で、谷の上から下まで整備を進めてみました。
確かにこのビオトープは保全地としてとて有効に機能しています。しかしながら、合意形成という側面では今回の件は不十分です。ほとんど人が入らない場所だったからこそ、比較的自由に様々な試みが出来ました。生物にとってはかなり良い状況になったと思います。
共存を図るだけならここまでで十分ですが、特に生物多様性保全を優先している場合は持続的に維持していくためにも合意形成が欠かせません。
それにはこの里山に生物多様性が維持されることからどのようなメリットを提供出来るのか考える必要があります。
直接的なところでは農道の整備が上げられます。自分たちがビオトープに行くために使う道を整備することで、同時に他の人も使える道になる。これは小さいながらひとつのメリットです。
ササを抑え込むことで、タラの芽やワラビなどの山菜が旺盛に繁茂してくれます。山菜はそのまま山の恵みとして利用できます。
他にもレクリエーションとしての機能も持ちます。多くのスミレの仲間やトキワイカリソウが花を咲かせ、斜面には山ツツジやサクラも生えるこの農道は、春の里山の花見ルートとしてとてもポテンシャルが高いです。
またビオトープでの自然観察会などを開くことも可能です。それは子供たちに自然体験をさせたいという地域の方の意向にも合致しています。
地域の自然や生物を触れて楽しむ場というのは、地域学習そのもの。地域に愛着をもつひとつのきっかけになるかもしれません。そんな学習的な側面も考えられます。
...…などなど色々と上げてみましたが、果たしてどのようなことが地域にとって必要とされているのか見極めていかなければなりません。
フィールドを作るだけでなく、そのフィールドを地域の中に落とし込んでいく方法も考えていく必要があります。
共存を目指すだけならば、「よく分かんないけど、珍しい生き物がいるんだね。(周りに迷惑をかけない範囲で)頑張ってね」という肯定的な無関心でも構いません。このフィールドも当面はその状況でも大丈夫でしょう。
しかしながら、それでは環境保全は広がっていきません。維持のためにいつまて関わらせて頂けるかも分かりません。
地域に様々な生き物がいることが、地域にとってのメリットだと気付いてもらう。そういった共通認識を作ることが保全活動の継続や機運を高めていく上で必要な要素だと考えます。
生物多様性の地域資源化
今回は環境保全を五つの方法に分けて考え、その中から3つの方法のケーススタディをメインに考察してみました。
5段階と言っているのだから、全ての方法について考察したかったのですが規制についてはまだ具体的成果にたどり着けていないため、今回はパスしました。また問題への対処についても、早期防除や駆除手続きの簡略化、情報共有等々、書き始めたら1万字コースだったので少し触れるだけに留めました。
さて、今回メインで考察した三つの方法ですが、私はそれぞれの共通のキーワードは「地域資源」だと考えています。
生物多様性を保全するためには、生物多様性を地域資源にする必要がある。これが私の考えの根幹にあるところです。
地域資源とは何かというと、文字通り地域の資源です。ここでの資源は直接利用だけでなく、文化や関係性などの間接的な利用も含んでいます。
生物多様性があることが地域にとってメリットになる。それが共通認識になった時に生物多様性は「ただその辺にいる生き物たち」から「大切な地域資源」に変わります。
具体的にどういうことかと言えば、生態系サービスに関わる人の動きも含んだ感じとでも言いましょうか。
それこそ、直接的なもので言えばケーススタディ4で触れたワラビやタラの芽のような山菜がわかりやすいです。そのまま食べることが出来る山の幸。
花見や自然観察といったレクリエーションやグリーンツーリズムとしての可能性も活用方法ですよね。
また生物屋がフィールドに出入りするために農道や水路の管理作業を担うというのも、見えにくいですがそこに面白い生物多様性があるからこそのメリットです。
生物多様性があることで「人が関わるようになる」ことは見過ごされがちな価値だと思います。
ケーススタディ1の水路掃除の作業も、サンショウウオの代替湿地作成の可能性があったからこそ生物屋が積極的に参加しました。
ケーススタディ2の休耕田維持のための草刈りや水路掃除も完全なボランティアです。しかしながら良い湿地のためならそれくらいやりたい生物屋は少なくないのではないでしょうか。少なくとも私の周りでは、何かしらのアクションを起こしたいけれど、どうしたら良いか分からないという話をしばしば耳にします。
ケーススタディ3なんて、そこにヒメフラスコモが生えていなければ耕作放棄地解消の話が出ることすらなかったでしょう。ヒメフラスコモという希少種が開墾の熱意と価値を呼び込んだわけです。
そんなこんなで珍しい生き物がいたら、良くも悪くもそこに生物屋が集まってくるものです。
その多くは、単に個人の趣味の範疇として見てみたいからかも知れません。私も生物屋、見たい生き物は沢山います。
ただ残念なことに生物屋が招いたトラブルの話もしばしば耳にします。立ち入り禁止や販売禁止、採取禁止が増えているのはそんな状況を反映しているのかも知れません。
だからこそ、生物屋の側から社会に歩み寄る必要があると私は強く思います。これからも自分たちが楽しく趣味を続けることが出来るように、豊かな自然環境も、生物屋への好印象も、あって困ることはないんです。
「希少な生き物がいるから外からトラブルがやってきた」みたいな悪い印象ではなくて「変わった連中だけど、彼らが来るようになってから何か街が良くなったんじゃないか」みたいな、そういう印象になった方が絶対いいじゃないですか。
ここで下手に環境保全を押し付けながら進んでは合意形成は図れません。大切なのはあくまでも最適な方法を考えること。
それは最善の方法では無いかもしれません。ただ最善策が拒絶されて何も出来ないという最悪の方法を避けることが何よりも重要です。
難しく考える必要はありません。農業バイトに行って農業者と仲良くなって、昼休みに保全作業をさせてもらうのだって、立派な手段の一つです。なんならこのバイト戦術、私はよく使ってます。
さて、ここまで相手側にどうやってメリットを提供するかということばかり考察してきましたが、それは私たちにとって合意形成が最大のメリットに他ならないからです。
河川敷や海岸などの行政の管轄する場所はともかく、地域を舞台に考えた時にこの合意形成は必要不可欠。むしろ保全の成否の大半を占めているといっても過言ではありません。
生物多様性の地域資源化というのはこの合意形成のひとつの形だと思います。
例えばこういう話はどうでしょう。
山に変な藻が生えた水たまりがありました。空き時間に自由にこの水たまりで遊ばせて(調査させて)もらえるだけで私にとっては農作業を手伝う理由になるわけです。
地域の人にとってこの水たまりは全く気に止めなかった場所かもしれませんが、それがあることで物好きな若手がバイトに来るようになりました。
だったらただの水たまりでもあった方がいいんじゃないかな。そう思ったとき、水たまりが地域資源に化けたと言っていいと思います。
極端な例えを出しましたが、まさにこんな感じです。
私の側からはどの事例でも「生物多様性が維持される」というメリットがあります。
あとは相手の側にどんなメリットを提示できるか。若者がやってくる理由になるというメリットだけでなく、純粋に付加価値が付いたとか、山菜が採れるようになった、昔遊んだ山や川は残ってて欲しいみたいに、その環境を維持した方がいいという共通意識がもてるならその理由は何でもいいんだと思います。
その場所への愛着を共通して持つことが重要です。
生物屋である私たちはどんな環境が残っていて欲しいのか。
その状況を作るためにはどのような要素が必要なのか。
それを社会に受け入れてもらうためにメリットを提示し、どれだけ調整できるか。
地域資源というキーワードをもとに、4つのケースを5つの方法で解決を試みてみた今回の環境保全についての一考察。いつものように15000字という無駄に長い文章になってしまいました。申し訳ございません。
こんな感じで考えて、実践してみて、上手くいってるよという報告でした。私の活動が少しでも環境保全を志す皆様の参考になればと思います。ということで、今回も長文にお付き合いいただきありがとうございました!!
追伸
この記事の中にめっちゃサンインサンショウウオが出てきましたが、決してどこにでもいる生き物ではありません。今回の活動がちょうどサンショウウオの産卵時期だったこともあり船岡町の湿地のレギュラーみたいになってしまいましたが、産卵地の減少や山林の荒廃、アライグマなどの外来種の侵入など、この種を取り巻く状況は決して楽観視できるものではありません。
そういった状況の中で、現在私たちは5ヶ所のサンインサンショウウオの産卵地の保全を行っており、今回はその内の4ヶ所を取り上げました。サンインサンショウウオは絶滅危惧種に指定されている希少な生き物です。大切に愛でましょう。
もしよければサポートお願いします!
noteの収益は全額保全活動に活用します。
また、一緒に活動してもいいよ!って人も大歓迎です。連絡お待ちしています。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?