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嗅覚がない話
ぶっちゃけると、嗅覚が全くない。「またまた〜鼻炎?花粉症?あ、コロナの後遺症?」と聞かれることがあるが、恐らく生まれつき嗅覚がない。恐らく生まれつき、というのは「もしや私って嗅覚ないのでは?」と気づいたのが中学生の時だったからだ。他人から見てわからない障害というのは、自分でも気づかない。その状態が当たり前だからだ。(一応病気の一部で、病名だなんだといろいろあるのだがややこしいので割愛)
私が嗅覚がないことを確信したのは、中学生の理科の授業中のことだ。試験管内で硫化水素を発生させる実験。試験管をガスバーナーにかざすのを怖がった班員に代わり、私は木製ピンチで試験管を持ち、臭いと騒ぎ遠ざかる班員達を無視し、遮光カーテンを閉めた薄暗い4階の理科室でピカピカ光る試験管を眺めていた。
「臭くないというか、「くさい」ってなんだ」
一緒になってくさいと騒がずに粛々と実験を進めた記憶がある。はたから見ると少し怪しかったかもしれない。親に「硫化水素の匂いがわからなかった」と伝え耳鼻科に行き、何かの検査で「にんにくみたいな匂いします?」と聞かれ「しないです」と答えたがそもそもにんにくの匂いを知らなかった。
思い返せば片鱗は山程あった。
いとこ家族が来た時にだけ食べるステーキに乗ったガーリックチップ。近所の県立博物館の金木犀の香りのテスター。常にゲロの匂いがすると言われていた公園のトイレ。姉が「角の家、カレーやな」と言った夕方。祖父母とよく行った喫茶店のコーヒー。自由研究の染め物で煮出した玉ねぎ。ウサギ小屋、図書館、ハンバーガーショップ。
みんなが言うのに同意はしていたが、正直良くわかっていなかった。匂いがわかった記憶はない。でもわからなくて、わからないままなんとなく同意したり誤魔化した記憶はたくさんある。そして今でもよく誤魔化している。
言ってしまえば面倒くさいのだ。「嗅覚がない」という説明はだいたい通じなくて、茶化されて終わる。初めて会う人に説明をしてわかってもらうのが難しいのは仕方がないし、仲のいい人でも「嗅覚はないけど味覚は人より鋭い」という説明しても伝わらないことも多い。なんとなく私が言う意味をわかってくれたり、わかろうとしてくれたりする人もたくさんいる。でも、「嫌な匂いわからんからええやん」「味はわかるんや〜じゃあよかったやん」と言う人は、ほんとうに、ほんとうに、永久に嗅覚を失えばいいと思う。元から嗅覚のない私は、そのかわりに味覚は鋭いらしい。でも元々味覚も嗅覚もある人が嗅覚を失ったら味もわからないらしい。そうなれと、本気で思う。性格が悪いので、言ってきた人のことは全員覚えている。お前ら、覚悟しとけよ。一緒に地獄へ行こうぜ。
私が味の感想をあまり言わない。言っても「おいしい」ぐらいなのは皆と共有できないからだ。私が思っている風味と、皆が思っている風味は違う。日本人の半分ぐらいが嫌いなパクチーはカメムシの匂いらしいが、私にとってはクセの強い三つ葉だ。最近、それでもいいかなと思っている。(いいかな、というか、しょうがないので諦めている部分はある。)嗅覚がなくてもあっても、味の感じ方は人それぞれで、嗅覚があるけど味音痴のひともいるし、偏食な人もいる。だから別にいいのだ。
別にいいのだ。と思えるようになったのはここ数年だ。以前、星野源さんがUCC(上島珈琲)のアンバサダーをしていた時の催事で、バリスタの方に好みのコーヒーをブレンドしてもらったことがある。
私は席につくなり「匂いが全然わからないので、お姉さんが求める答えができなかったらすみません」と正直に言った。バリスタのお姉さんは「いいんですよ。コーヒーって嗜好品なので。自分が好きだと思う味で。」と笑顔で、でもちょっと真剣な顔で言った。
正直、ちょっと泣くかと思った。嗜好品は匂いの情報が大きいものが多い。お酒やお茶、コーヒー。香水などのフレグランス類もそうだ。煙草類は嗜好品にははいらないらしいが今回は一応含む。お酒もお茶もコーヒーも好きだが、おそらく人とは違う味に感じている。だから「コーヒーをよく飲みます」とは言っても「コーヒーが好きです」とはあまり言わないようにしていた。でも、人と感じ方は違っても好きだと言っていいと初めて言われた。そう言われてからのコーヒーブレンド体験はめちゃくちゃ楽しくて、友達と「これはこんな味がする」「これのイメージはこう」と言い合った。あの体験プレゼントしてくれた友達と、バリスタさん、アンバサダーになってくれた星野源さん、コーヒー変態で有名なUCCさん、本当にありがとうございます。あの言葉と体験は、私の人生を変えました。大げさに思われるかもしれないけれど、本当に。
未だに味の感想を言うのは苦手だ。なにせ感想を言ってこなかった期間のほうが存分に長い。気にせずに言えるようになるまで30年弱かかると思うけど、これからも毎日365日「嗅覚欲しいなぁ」と思うだろうけど。いい意味で諦めて、今よりコーヒーに詳しくなってるはずだ。でも、ハンドドリップを始めて数年で全く上達していないので あまり変わらないかもしれない。