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『アイズ・オン・ユー』観たよ

Netflixで配信されたアナ・ケンドリック初監督作品。主演もアナ・ケンドリックだ。初監督作品らしくちょっともどかしいような部分もある(わりと複雑な編集の映画で、その意図は分かるのだけれど観客が「これは何の映画なんだろう」と映画に生理を合わせるのに時間がかかる)けれど、この映画で何を描きたいのかはかなりはっきり伝わる。アナ・ケンドリックの作家性というかテーマみたいなものもこの作品でバシッとわかるのでいい映画だと思う。

1970年代に実在した殺人鬼ロドニー・アルカラに殺された、あるいは狙われた女性達を描いた作品で、アナ・ケンドリックはリアリティショー「ザ・デーティングゲーム」というリアリティショーにぬけぬけと出演した殺人鬼アルカラと共演した女性シェリルを演じている。シェリルは女優志望だが全然仕事がなくオーディションでもセクハラされるし嫌な思いをいっぱいしている。デーティングゲームというテレビ番組は今でいう恋愛リアリティショーで、女性からの質問に三人の男性がウィットに富んだ答えを返していき、最終的には女性が気に入った男性を選んでカップル成立!というコンセプトっぽいのだが、質問に対する回答がおおよそセクハラど真ん中であり、この時代における(今もか)男性から女性へのウィットの回路が基本的にセクハラ方面しかなかったという事実が浮かび上がる。なんでもセクハラセクハラって言われたら女性に話しかけられないよ~とか抜かす奴の理屈はこうやって説明できる。
シェリルはそれ以外にも、家に入ってきていったん出ていけって言われても帰らない(『ゴーストバスターズ』のビル・マーレイを思い出した。家から出ていかないビル・マーレイまじで嫌だ)とか酒を一緒に呑んでいるだけなのに恋愛感情を否定したらキレられるとか嫌な思いをいっぱいする。日常生活の中で男からすると意図せざる行動(多くの場合は好意の否定、女性らしい行動からの逸脱)を取った瞬間にバチギレをかまされる恐怖にもこまごまと遭遇する。正直、このバチギレはマジで嫌なもので、恐怖ももちろんあるんだがそれ以上に「こいつ私のこと侮ってんな~~~~」という強烈な不快感と失望を呼び起こす。この嫌な体験のディテールは見事で、アナ・ケンドリックが実際に遭遇したり見聞きしたりしたことも含まれてるんだろうなあと察してしまう。

で、シェリルが遭遇するこまごまとした嫌な体験と、アルカラが殺人に至るまでの振る舞いがこの映画の中では重ねられている。男性にとっては殺人鬼アルカラは異常な殺人者が起こした特殊な事件で、自分とは関係ないもんね~と他人事として忘れてしまえるものかもしれないけど、いや女性にとっては基本的に毎日、ことあるごとにアルカラと接しているのと変わらんのだわと、シェリルの目を通して伝えてくる。この映画で描かれる、アルカラが逮捕されたきっかけとなった事件における被害者の行動は、社会において女性が普段から心がけているふるまいそのもので、日ごろから殺人鬼に対応するようなふるまいを心がけなきゃいけない場所で女性達は生きているわけだ。そして殺人と社会は地続きなためもちろん殺人鬼を目撃した女性の証言なんか無視されるし女性が殺されても警察は真面目に捜査しない。かくしてアルカラは8人もの女性(一説には130人とも)を殺してのけることができた。
シェリルの結末も含めると、こういったハラスメントや女性蔑視が人の命以外のものも日々殺していってるんだよ、というメッセージを読み取ることができて、過酷な映画業界を生き残ったアナ・ケンドリックのある種の使命感みたいなものも感じ取れる映画だ。


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