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『Chime』観たよ

黒沢清の短編映画。シネマカリテの水曜日のサービスデーに見に行ったら特別興行で一律1500円だった。『ルックバック』と同じ方式だが短い映画は本当に嬉しいし気軽に見に行けるのはいい事なので今後も増えていくといいな。RoadsteadというWeb3.0の配信プラットフォームのために作られた作品のようだ。映画も気になるけどWeb3.0の配信プラットフォームも気になるぞ。

料理教室の講師として働いている松岡という男は、ある日不可思議な生徒に遭遇する。頭の中でチャイムが鳴り響いていると訴えるその生徒は粗みじんの玉ねぎをめちゃくちゃ細かく刻むので松岡はイライラするけど表には出さない。仕事なので。いろいろ鬱憤は溜まってる松岡だが平穏だと思っていた日常なんてとっくにぶっ壊れていたのだった……という話。

決定的なことはフレームの外で起こるかフレームの中で起こる場合はとても淡々と推移していくのに背筋が寒くなる不穏ホラーで黒沢清らしさに溢れた短編。クライマックスで爆音でかき鳴らされる音とか本能的な恐怖を感じるし、笑っちゃうくらいの量の空き缶とか怖いところはいっぱいあるのだが、私は松岡の面接シーンが怖すぎて泣いた。

松岡は料理教室の講師の仕事をあんまり好きじゃないらしく、というか内心ではケッと思っているらしく、どこかの店のシェフの誘いを受けてカフェで面接を受けている。その面接の松岡はもうすごい。「子どもの頃から舌が特別で三食フレンチを作った、変わった子供ですよね」と絶好調。吉岡睦雄のデカい声の演技もあり、俺はすごいんだとイキる時特有のいたたまれなさがたっぷり味わえる。何が恐ろしいって自分がこうでないと断言できる自信がまったくないということだ。いやむしろ、こうならないために過剰に自分を防衛して卑屈になってる気もする。でも面接のときはむしろ自信満々なほうが良かったりもするから手に負えない。どうすればいいんだ、いったいどうすれば……。

松岡には息子がおり、中学生の息子がある日突然「先輩に投資したいから二十万円貸してくれ」と要求されてもちろん断るのだが、「ぜんぜん信用できないしなんの将来性も感じないやつに大金を賭けることなんかできるはずない」という松岡の息子に対する正論が、そのまま松岡と松岡をシェフに迎えようとして面接していたレストランの関係に重なるのもおっかない。息子の儲け話は損をしても二十万円で済むが、レストランの経営は月間数百万円のお金が動く。松岡はその金額を賭けるに値するシェフか?詐欺と一体何が違うんだ、なんにも保証なんかないのに。

そういう問いやプレッシャーは、すべての人が日常的に与えられていて、そのプレッシャーは普段は意識せずに済むかもしれないけど、ある日突然チャイムが鳴ってそのことを気にし始めるともうだめだ。気づいた人から消えていく。


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