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【最終章21-2】「次に選ばれるのは……」|Arcanamusica
MAIN STORY【Chapter2】Arcanamusica —My song, Your song—
著:衣南 かのん
イラスト:ユタカ
#21 -②
歌い終えてカウンターへ向かうと、いつも通り斑目がいた。
いつものことすぎて、もはや何も驚かない。
「お疲れさま、静くん」
「どうも」
カウンターに座ると、マスターがいつも通りのレモンサワーを出してくれる。
軽く礼を言ってそれを飲みながら、そういえば、と川和は数日前のことを思い出した。
「弦八くんのこと、見送ってきたぞ」
「へえ、そうなんだ」
「お前も聞いてたんだろ? 出発日」
「ああ。丁寧なメールが来ていたよ。これまでのお礼とか、これからの決意とかね」
律儀なんだから、と笑う斑目だったけれど、その笑顔は川和から見ても嫌なものではなかった。
「見送り、来れば良かったのに」
「それはなんか、ガラじゃないかなと思ってね」
「たかが見送りにガラとかあるか…?」
「それに、俺が行くとまた変に緊張させちゃいそうだし」
「ああ……」
それはあるかも、と、思わず納得してしまった。
「いいんだよ、ヨーロッパには俺も仕事でよく行くからね。気が向いたら、向こうで会う約束でもしてみるさ」
「ああ、それはそれで喜びそうだな、弦八くん」
「……そうかな?」
「そうだろ。……え、もしかして、まだ弦八くんに嫌われてるとか思ってんの?」
「そういうわけじゃあないけど……うーん」
(……こいつにもそういう、相手の感情の機微を気にする人間らしさがあったのか)
驚く川和を見透かしたようにちら、と視線を向けられて、川和は露骨に目を逸らした。
「ああ、そういえば。この間、闇殿くん……だっけ? 彼に会ったよ」
「え、なんで」
「仕事でね。ずっとうちのジュエリーのファンだって言ってくれていたらしいんだけど、その関係で対談の取材があったんだ」
「へえ……華やかだな、なんか」
「静くんの感想は面白いよね」
(そういえば、あいつはどうしたんだろうな)
苺宮からは、少し前に歌い手活動を悩む連絡は来ていた。
悩んでいる、と言っても別に川和に相談したいわけではなく、ただ適当に吐き出すのにちょうど良かったというだけなのだろうが。
『マイミーであることも明かしちゃ駄目なのか』と尋ねたら、『わかってないなあ!』と怒られたので、その後彼がどうしたのかは知らない。
「彼、歌い手活動は細々と続けていくらしいね。新しい楽曲まで作るかはわからないけど、アプリは登録したままにしておくって言ってたよ」
「へえ……」
「もし君に会うことがあったら、伝えてってさ」
「……なんでわざわざ」
「さあ? 俺がたまたま、君の話をしたからかな」
「まあ、いいけど」
決めるのはそれぞれ、とは思っているけれど、それなりに繋がりがあった歌い手が続ける、と選択をするのは、まあ、嬉しいものだ。
「ちなみに俺は続けないけどね」
「それは前にも聞いた」
やっぱり俺は、観測者である方が向いているんだよね、というのを、斑目はあのライブの後すぐに言っていた。
だからきっと、続ける気はないのだろうと思っていた。
「ただ、君の歌は聴きたいから、アプリはやめないよ。そのうち気まぐれに、また歌いたくなるかもしれないしね」
結局斑目は、ずっとそういう感じなんだろうな、と思う。
あくまでも自分の気持ちに正直に、自分の思うように。
その自由さが羨ましいと思うし、自分には絶対できないことだとも思う。
「……そういえば、俺、来月からまたライブの頻度減るぞ」
「ん? そうなの?」
「新しい仕事、始まるから」
「ああ、そうか……」
空になったショートグラスを見つめる斑目の瞳が、どこか遠くなった。
「……ワンダフルネストは、俺達をタロットに選ばれた、って言っていたよね」
「ん? ああ……」
「知ってる? 静くん。タロットは、大アルカナだけでも二十二枚あるんだ。小アルカナまで含めたら七十八枚」
「……アルカナ?」
「要するに、カードのことだよ。俺達に当てはめられていたのは、全て大アルカナだったから……歌い手は、全て大アルカナに選ばれた存在なのかもしれないけれど。それでも、二十二枚」
対して、今選ばれている歌い手は八人。
——二十二には、全然足りない。
「——彼らの始めた物語は、まだまだ、終わらないのかもしれないね」
「……まあ、だとしても、だな」
だとしても、川和は歌うだけだ。
場所がどこであっても。
「さて、俺はそろそろ帰ろうかな」
「ん? あ、そうなのか?」
「実は明日からヨーロッパなんだよね」
「……いや、それさっきの話の流れで言えよ」
「弦八がいるところとは少し外れているけどね。まあ、連絡はしてみるよ」
それじゃあ、と立ち上がった斑目が、「ああ、そうだ」とドアの前で振り返る。
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「俺は君の歌を追いかけ続けるから。それがどこであっても、君が歌い続ける限りね」
だから、安心して、と。
何をだと言いたくなるような言葉と意味深な笑顔を残して、斑目は帰っていった。
*
そして、それから数日後の朝。
川和はわずかに緊張しながら、ワンダフルネストのビルの前に立っていた。
いつもは夜に来るから静かな雰囲気しか知らなかったが、朝ともなると出社する人間もいて多少は賑わっている。
受付を済ませると、担当のものが来るから少し待つように言われて、手持ち無沙汰にロビーのベンチに腰掛けた。
「……おや? 君は」
「あれ……獣条さん?」
なんとなく落ち着かない心地でいたところに、知り合いの顔を見つけて少し気持ちが解けていくのがわかる。
「そうか、……今日からだったか」
「はい、まあ、……一応」
「君も本当に予想外の行動を取るな。——まさか、ワンダフルネストに転職するとは」
そうなのだ。
川和は今日から、ワンダフルネストのエンジニアになる。
To be continued…