見出し画像

【最終章16-2】「君は、ちゃんと戻ってこい」|Arcanamusica

MAIN STORY【Chapter2】Arcanamusica —My song, Your song—

著:衣南 かのん
イラスト:ユタカ

#16 -②


 そして訪れたワンダフルネストの本社で、今、川和かわわはスーと二人きりになっている。

 案内された会議室は、部屋に入った瞬間ディスティニーゲームを行った時のように一気に部屋の雰囲気が変わった。

(あの時はゲームの演出かって気にしなかったけど、こうして見るとちょっと不穏だな、この部屋)


 薄暗い部屋と、その中心に置かれたテーブル。
 重たい緞帳とろうそくの灯りに囲まれて、どこか怪しさを醸し出す空間に緊張感が増してきた。


「呼び出しに応じていただき、ありがとうございます」


 すっかり聞き慣れたスーの甲高い声が、今日はいつもより、低く響く。


「まあ、な」

「しかし、困ります。——勝手にアプリを消されてしまっては」

(案外早かったな)


 てっきりもっと迂遠な言い回しで、煙に巻いてくるかと思ったが——そうではないらしい。


「今まで消さなかったのがおかしいだろ。勝手に入ってたアプリなんだから」

RiZリズ様の歌を待っている方は、大勢いらっしゃいますよ?」

「それはありがたいけど……別に、アルカナムジカである必要はない。今は配信する手段だっていろいろあるしな」


 川和を歌い手に繋ぎとめていたファンの存在は、もちろん大切だ。けれどそれは、何もアルカナムジカを必ずしも継続する理由にはならない。

 もはや音楽をやることに躊躇いを覚える必要のない川和にとっては、アルカナムジカという限られた空間で、匿名性を維持し続けなければ思う存分歌えなかった時とは違うのだ。


(仕事上、マスターのところで歌う回数は増やせねえけど……それこそ、もう少し機材揃えて、大手の動画サイトで投稿したっていいんだしな)


「……我々にはRiZ様の力が必要です、と言ったら?」

「口だけではなんとでも言えるだろ? 
 それに、俺は別にお前らと契約しているわけじゃない。ただ、個人の趣味で、お前らが作っているアプリで歌ってただけの——一般人だ」

「なるほど、……なるほど」


 ゆっくり頷きながら、スーが何かを思案し始める。


(……ていうか、そもそもこいつは何者なんだろうな)

 案内をするロボット、というには、あまりにも自我がありすぎる。
 AIだとしても、今の技術でここまでスムーズに会話が成立するとは思えない。


(だとしたら、こいつを操っている別の奴がいる、か……)

「では、たとえば。金銭を払う、というのはいかがでしょうか? きちんとした契約を交わした上で、我々の下で歌っていただくというのは?」

「契約を結ぶなら、ちゃんとお前らがどういう会社なのか聞いてからだ。——怪しい契約は結ばないって、社会人の基本だろ?」

「≪ワールド≫の権利を差し上げても? 何でも一つ、願い事を叶えましょう」


 ——≪ワールド≫。

 ディスティニーゲームの時に言われた言葉だ。アルカナポイントを貯めて、≪ワールド≫を目指す。
 そうなれた暁には、何でも一つ、どんな願い事でも叶えてくれるという。

(そこをモチベーションにした時もあったけどな)


 一兆億円欲しいという無茶な願いにも、国民的MCになりたいという無謀
な願いにも、スーは戸惑いもせず『≪ワールド≫になりさえすれば叶える』と言っていた。

 あの時は深く気に留めず、所詮ゲームを盛り上げるためのはったりくらいに思っていたけれど——もしかしたら、真実なのかもしれない。

 だとしても、だ。


「生憎、そこまで叶えたい願いもないんでね」

「おや、本当に?」

 スーの丸い目が、細く三日月型に弧を描く。 
 

 嘘だ。

 金は欲しいし、叶うなら仕事を辞めたいし、何もしないで楽に生きられるならそうしたい。


 だけど、——だからって、リスクを冒してまで、なんて、そこまで能天気な人間にもなれない。
 それだけの、話だ。


「なるほど、一筋縄ではいかなさそうです」

「当たり前だろ」

「レッジェ様とRiZ様が繋がるのは、正直想定外でしたね。RiZ様も、その後押しがなければここまで大胆な行動には出なかったのでは?」

「やっぱり、そこもわかってるんだな」


 問いにはあえて答えずに、スーの言葉を拾って質問で返す。
 こういう、回りくどい会話は好きじゃないし得意じゃない。ずっと頭の中では何かを考え続けていて、ガンガンと鈍い痛みを放っていた。

 だけど、さすがにここまで来て、引くこともできない。

「ええ。歌の力を集めるために——我々は、この世界に我々の情報網を張り巡らせておりますから」

「その、歌の力ってなんなんだよ」

「歌の力は、歌の力です。我々にとって、それを集めることが最重要課題となっております」

「もしも本当に、俺が歌い手として必要だって言うなら……」


 追い詰めているようで、実はまったくそうでもないことはわかっている。
 川和だって、川和の歌にそこまでの価値があるとは思えない。

 それでも、こういう時はたぶん、はったりが必要だ。



「お前らが何者か、ちゃんと教えろ。俺の、……父親との関係も含めて」



To be continued…

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集