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【最終章21-1】「次に選ばれるのは……」|Arcanamusica
MAIN STORY【Chapter2】Arcanamusica —My song, Your song—
著:衣南 かのん
イラスト:ユタカ
#21 -①
——ライブから、数ヶ月が経った。
季節はあっという間に冬を越えて、もうすぐ、春になる。
「わざわざ来てくれなくても良かったんですよ」
照れくさいせいなのか、少し口を尖らせる伊調に|川和《かわわは小さく笑った。
「いやあ、ちょうど休みだったし。ほら、出発の日は一人って言ってたからさ」
留学することが決まった、と伊調から聞いたのは、ライブが終わってすぐのことだった。
夏に旅行に行っていたのも、その下調べの一環だったという。
「いろいろ考えて、僕は一度、ちゃんと一人で音楽と向き合ってみた方がいいなと思ったんです。——もっと、広い世界で」
そう話す伊調の表情はなんだか吹っ切れた様子でキラキラしていて、若いっていいなあ、と思わずそんなおじさんみたいなことを考えてしまった。
「ご両親は現地にいるんだっけ?」
「はい。二人とも、ちょうどヨーロッパを回るツアーの途中で。それに、入学までは姉と一緒に暮らす予定なので……本当に、出発だけが一人なんですよ」
だから心配するようなことじゃない、とでも言うように、ちら、と伊調が川和の方を見る。
「なんかやっぱ、世界が違いすぎてピンと来ないけど……まあ、頑張って」
「はい。静さんも、体に気を付けてくださいね。特に、お仕事」
「ああ、まあそれは。だいぶ改善されるから、大丈夫」
「あと……歌も」
海外に行くため、伊調が歌い手活動を継続することにはだいぶ制限がかかってしまう。
そのため、しばらく『アリア』として何かをすることは休もうと思っている、というのは、留学の話を聞いた時に一緒に聞いた。
歌も大切だけど、いくつものことを一度にできるほど器用じゃないからと、伊調は笑っていたが。
「……また、一緒に歌えたらいいな」
いつか、の話くらいはいいだろうと、らしくもない不確定な希望を伝えてみる。
一度驚いた様子で目を丸くした伊調は、それでも嬉しそうに笑って頷き——旅立っていった。
*
『それでは次の挑戦者……渋吉陸玖!』
何気なくつけていたテレビから聞こえてきた音に、お、と思って目を向けるとニコニコと満面の笑みをふりまく渋吉が映っていた。
「すげー、シブキチくん、また出てる」
最近、渋吉をテレビで見かけることが増えてきた。
川和が家でのんびり過ごしていることが増えたせいかもしれないが、見かけるたび、頑張っているんだなあとなんだか微笑ましい気持ちになる。
『優勝目指して頑張ります! よろしくお願いします!』
『おっ、やる気だね~! 渋吉くんは、切沢くんの元相方ということで……切沢くん、どう?』
『焦ってミスらなきゃ大丈夫だろ。頑張れ』
『うん!』
(へえ、切沢……さんは審査員側なのか)
二人で画面に映っているのを見ると、未だになんだか慣れなくてこちらがそわそわしてしまう。芸能人の知り合い、なんて今までいなかったせいだろうか。
番組はカラオケの点数を競う類のものらしく、渋吉は『新時代のうたうま芸人!』なんて紹介をされていた。そこに合わせて、渋吉が個人で歌い手の活動を行っていることも紹介されている。
(結局、シブキチくんはオープンにすることにしたんだよな)
事務所にも相談した上で、精力的に歌い手活動も行っていくことを決めたというのは少し前に連絡を受けていた。
一方で、切沢の方はあくまで本業を優先しつつたまにアプリで歌う、という程度の活動に落ち着いたらしい。
ネットではシブキチとデュエットしていることからタイガー=切沢玲央斗説も出ているらしいが、確証には至っていないようだ。
(お、次、シブキチくんの番だ)
ついつい、こちらまで気合いが入ってしまう。
楽しそうに歌った渋吉は高得点を記録して、暫定1位の座についていた。
「やっぱ知り合いがテレビ出てるって変な感じだな……」
ひと息つこうと冷蔵庫から取り出した缶チューハイを開けようとしたところで、スマホが小さく鳴った。
見るとマスターからで、今週末のライブの件の確認だった。
最近は余裕があるので、ライブも週1のペースで行えている。
そのため今更細かく確認することもないのだが、忙しかった頃の余波でマスターの方も念のため連絡をくれているのだろう。
返事をした後で、再びテレビに視線を戻す。
真面目な顔でコメントしている切沢の生真面目さに、ちょうど笑いが起きたところだった。
To be continued…