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【最終章16-1】「君は、ちゃんと戻ってこい」|Arcanamusica
MAIN STORY【Chapter2】Arcanamusica —My song, Your song—
著:衣南 かのん
イラスト:ユタカ
#16 -①
「君は、なんというか……俺が思っていたのとは、少し違う人物だったようだな」
ワンダフルネストを訪れる前、時間をもらって立ち寄った獣条の事務所で彼は呆れたような、戸惑うような表情でため息をついた。
「はは、どういう人間だと思ってて、どう違いました?」
「もう少し慎重というか……あまり、行動に出るタイプではないだろうと思っていた。だからこそ、あの話をしたところもあるが……」
思ったより大胆だった、と、獣条は眉間を抑える。
「慎重に行動した結果なんですけどね」
「本当にそう思っているのなら、このまま進まないことだ」
「なんか、それもそれで気持ち悪いなと思って」
「……そういうとこだぞ」
実家に帰ったこと、もうずっと行方不明も同然の父がアルカナムジカに関わっている可能性、アプリを消したことと、再びアルカナムジカから連絡が来たこと。
ここ数日で起きたことを説明し、共有した川和に対して、獣条は返す言葉に迷った様子で頭を抱えていた。
「引けるなら引いた方がいい、って獣条さんも言ってたでしょ」
「だからと言って、そんな勢いでアプリを消すとは思わないだろう……」
「俺のスマホにアルムジのアプリがなんで入っていたのか、どうやって入ったのか、それを俺は知らないんです。だったら、一回やり直したほうが早いと思って」
自分が何かのタイミングで入れたのかと思っていたが、消して数日で再びアプリがダウンロードされていたところを見ると恐らくワンダフルネストの遠隔操作によるものだ。
ということは、少なくとも川和のスマホは、ワンダフルネストによって何かしらハックされている、ということになる。
「まずはそれがわかっただけでも一歩かなと。やってること、グレー通り越して真っ黒ですから」
「百歩譲って、であればそこからもう関わらない、という道を選べばいいだろう。……なんでわざわざ、奴らの呼び出しに応じるんだ。しかも、一人で」
この後一人でワンダフルネストに行く、と伝えた時の獣条の表情は、目に見えて焦りを見せていた。
こんな顔、この人でもするんだなと少し驚いて、彼もまた、自分と同じくどうにかしようと足掻いているのだと実感した。
それは少し、頼もしくもある。
「正体を知りたいと思って」
何もかもわからないから、立ち返るためにアプリを消した。
そうしたら、数日後にはアプリが再びダウンロードされて、川和の元へ連絡が来た。
——つまり、彼らは、川和が歌い手を続けることを望んでいる、ということだろう。
「あいつらがどこまで俺達のことを知っていて、監視しているのかわからないし。もしかしたら、俺とあんたがこんな風に繋がっていることだってとっくにお見通しかもしれない」
だとしても、そこに対するアクションはこれまでに何もない。
目的も、正体もわからない。
そして、『わからない』ことが川和にとっては一番気持ち悪かった。
「幸い、父親の話を聞いて一つわかったのは、少なくとも俺の父親は攫われたとかじゃなくて、自分の意思でいなくなったってことです。で、たぶん、今も生きてる」
獣条が話していた、『歌の力を必要としている』という言葉。
その意味はわからないが、川和に歌い手を続けさせようとする動きからすると、そこに彼らの目的の核があると見ても良さそうだった。
「いなくなったのは自らの意思かもしれない。が、帰って来られずにいることまでそうとは限らないだろう。そして、君もそうならない保証はない」
「だから、先にここに来たんです」
用意してきたUSBを、獣条に差し出す。
「スマホへの不正アクセスの記録が入っています。今、獣条さんがどれだけのものを掴んでいるかわからないけど……もし俺が帰って来なかったら、何かの役に立ててください」
「!? どうやって……俺もいろいろ探ってみたが、奴らは痕跡を残していなかったはずだ」
「そこはまあ、本職なんで……」
頭の出来は獣条に到底及ばないだろうが、プログラムを見るのは得意だ。そして、その異変に気づくことも。
(バグ対応処理ばっかりやってきたからな……!)
USBを受け取った獣条は、少し迷った様子で視線を彷徨わせる。
このまま川和を一人で送り出すことに、きっと抵抗があるのだろう。自分のせいで友人を失ったと自身を責めている獣条に、酷なことを言っているかもしれない、というのは川和もわかっていた。
「……わかった」
「ありがとうございます、それじゃあ……」
「二時間だ。二時間、君から連絡がなければ……俺が、そちらへ向かう」
「へ!?」
「安心しろ。このUSBと、俺が持っている中で使えそうな資料は別に預けておく」
「いや、でもそしたらあんたも危ないことに……」
「……目的と正体を知りたいのは、俺も同じだ。だが、ここで二人で乗り込んだところで解決もしないだろう。だから、二時間の間に俺は準備を進めておく」
だが、と獣条は、川和に言い含めるように言葉を区切ってまっすぐとこちらを見てきた。
「バックアップがあることに安心はするな。君は、ちゃんと戻ってこい」
その言葉が、あまりにも切実で。
さすがの川和も、頷かずにはいられなかった——。
To be continued…