読書感想文(370)恩田陸『夜果つるところ』
はじめに
こんにちは、笛の人です。
読んでくださってありがとうございます。
今回は恩田陸さんの作品です。
以前読んだ『鈍色幻視行』においては、登場人物達が作中でこの『夜果つるところ』について語ります。
そういうメタ要素を持った作品です。
感想
面白かった、というよりは、わからなかった、という思いの方が強いです。
ストーリーだけを見れば、それほど面白くはないと思います。
面白さの一つはまず何よりも世界観です。なぜそうした不思議な設定があり得たのか、という場面設定は置いておいて、その場面設定によって生まれた世界観が言いようもなく魅力的です。
そしてその不思議な世界も、主人公の回想という形で幽玄の奥に垣間見えるような形で成り立っています。
『麦の海に沈む果実』や『六番目の小夜子』のように、隔離された空間の独特な世界が描かれています。
ここで、一段階メタな位置にある『鈍色幻視行』について考えてみます。
この作品も船の上という隔離された空間で、旅の途中という非日常の空間です。
しかし、『夜果つるところ』『麦の海に沈む果実』『六番目の小夜子』と異なるのが、主人公が大人であるという点です。
これは、「学校という特殊な空間によって特殊な世界が生まれる」という考えがあり、しかし学校というと子どもばかりが集まって作る空間ですが、「大人でも条件を整えればあのゾッとした空気感が生まれる」ということなのかなと思います。
さらに、子どもと大人を対比して考えた時、今回『夜果つるところ』で強く感じたのは子どもの想像力(妄想力)です。
やはり、世界を丸ごとあのように奇妙な形に創るのは、子どもの想像力に他ならないように思います。
さて、この作品は『鈍色幻視行』の作中作として登場するわけですが、館が炎上する場面などの話が共通しているので、恐らく同一の作品であると考えて良いでしょう。構造としては、『バケモノの子』の登場人物が『白鯨』を読んでいるのと同じです。
しかし今回は作者が同じですから、いくらでも仕掛けが作ることができます。むしろ、作品そのものが仕掛けであるとも言えるくらいです。この辺りはまだ全く読めていないので、何度も読み返すしかありません。
また、作中作と現物が同じものだと考えると、私は『鈍色幻視行』の登場人物達のように、『夜果つるところ』について熱く語ることができそうにありません。
もっと言えば、『夜果つるところ』に魅入られていません。
これを踏まえて、もう一度『鈍色幻視行』を読み、登場人物達がどんなところに魅力を感じたのか、知りたいと思いました。
追記
いつも通りAmazonのリンクを貼るにあたって(アフィリエイトはしていません)、せっかくなのでいくつかレビューを読んでみたところ、「退廃的なムード」という言葉があり、確かにと思いました。
「退廃的なムード」の美しさと言えば、太宰治『斜陽』が思い出されますが、これとはかなり異なります。
『斜陽』が静かに滅びゆく美であるのに対して、『夜果つるところ』は陽炎に揺らめくような美であると感じます。
この美しさは確かにこの作品の大きな魅力だと思いました。
おわりに
いつも通りまとまらない感想になりましたが、とにかくこの作品と『鈍色幻視行』は読み返さないとなぁと思いました。
これと理瀬シリーズを深く読めれば、他の恩田陸さんの作品ももっと理解できるようになる気がします。
ということで、最後まで読んでくださってありがとうございました。