読書感想文(313)香月日輪『僕とおじいちゃんと魔法の塔』
はじめに
こんにちは、笛の人です。
読んでくださってありがとうございます。
今回はオススメされた本を読みました。
昔小学校の図書室にあったのでタイトルは知っていましたが、読んだのは初めてです。
感想
とても良かったです。
この本をもし小学生の頃に読んでいたら、自分はもう少しくよくよせずに生きられていたかなぁと思いました。
他人と違うことが、もてはやされたり、貶められたり、変な世の中ですよね。
主人公のお父さんは一見嫌なキャラクターですが、ある意味立派な人でもあります。けれども正しさは色々とあって、それなら正しさって何なのだろうと当然の疑問が生まれます。一つの答えは法律であって、でも法律だから正しいとは限らないのは当然です。けれども法律というのは、その時点で人類がめいいっぱい考えた一応の結論(であるべきはず)なので、ひとまず皆それを常識として従うんですよね。世の中の全てを疑っていてはキリがないですから。けれども一度疑問を呈されたなら、それを吟味する態度もまた必要だと思います。
私が子供の頃から大人に抱いてきた不信はまさにこういう所で、自分を正しいと信じている所が嫌でした。いや、違います。自分が正しいと信じていて、かつそれを否定されると怒るのが嫌でした。本当に正しいと思うなら正々堂々議論すれば良いのに、威圧して黙らせようとしたりするところがとても嫌でした。
こんなことを子供に言われたら落ち込むだろうなぁ、ということは置いておいて。
「お父さんもお母さんも大好きだけど」 と認めることができていれば、もう少し子供の頃に楽だったかもしれないなぁと思いました。
私は「感謝はしているけれど、拒絶しなければ」と思っていました。
これに気づけたことが、和解への第一歩なのかもしれません。
というか、親が自分のためになると思ってしてくれたことについて、実際自分のためになったと思うことが山程思いつきます。
けれども、「僕」が両親に言ったように、正直に自分の気持ちを告白すれば、「僕」の両親のように、自分の両親を傷つけてしまうことが目に見えてしまいます。だから私は距離を取るという選択をしましたが、これもまた両親を傷つけているような気がしています。
相手を傷つけてでも腹を割って話すべきなのか、それとも曖昧にしておいたり、曖昧なまま将来的にいつの間にか落ち着いた関係にした方が良いのか。
人生が100年で終わるなら、一番最後の案が最も堅実かもしれませんが、それもまた「逃げ」であるような気がしてしまいます。
これはおじいちゃんのセリフですが、とても共感します。
例えば私が今濫読しているのも、色んなものを知った上で、自分の好きな作品を見つけたいと思っているからです。
読書という枠組みを越えても同じです。読書だけをしていても視野は狭いままだから、それ以外のものをたくさん知ること。
ゴールは見えないけれども、なぜだか確かに進んでいる手応えはあります。
おわりに
短い作品なので一気に読み終えてしまいました。
将来、子供に読んでほしいと思う一方、ちょっと読まれると怖いなぁとも思います。
親が子供に教えるべきことは、身の安全の確保、でしょうか。それさえ守れたら、自由にやってみるのがいいのかもしれません。
ということで、最後まで読んでくださってありがとうございました。