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畜産・農業分野におけるAIの活用

※本記事は2023年〜2024年にかけて日刊工業新聞にて連載していた「脳×AIで切り開く未来」を再編したものです。

国民の生活を支える第一次産業だが、その人材難が叫ばれて久しい。だが、自然環境など変数が大きくハードな現場をサポートするために、AIをはじめとした先進技術が次々導入されつつある。新たなテクノロジーの導入が、第一次産業をどう進化させているのか。今回は漁業、畜産、農業を例に、技術の導入例とその果てに見える未来像を紹介していく。

画像認識で養殖マグロ管理

養殖マグロの個体数はあくにAIの深層学習による画像解析を活用

金井:今回は、現代の第一次産業にAI(人工知能)がどのような影響を及ぼしているかを記していこう。
 第一次産業といっても農業、畜産、漁業とその内容は多岐にわたるが、国民の生活を支える重要な職種である。ただ、自然と深く関わる仕事であるため、気候変動や疾病といった、イレギュラーな事象によって収穫が左右されやすい懸念がつきまとう職種でもある。
 第一次産業に従事する人々は、こうした問題の多くをその経験則によって乗り越えてきた。だが、従事者の高齢化、さらには後継者の不足などによって、貴重な経験が継承されないまま慢性的な人手不足に陥っているというのが現状である。 これらの課題を解消するために、AIをはじめとする先進的なテクノロジーを、多くの第一次産業が取り入れ始めている。
 まずは、漁業に目を移してみよう。われわれアラヤ(東京都千代田区)が7年前に技術協力を行った事業で、いけすにいる養殖マグロの個体数把握にAIのディープラーニングによる画像解析を活用した事例がある。
 一般的なマグロの養殖は、稚魚を海洋上のいけすに放って3年ほどかけて育成し、水揚げを行い出荷するというのが大まかな工程だ。だが当然、その長期間のうちに環境は日々変化し、マグロの個体数も変化していくことになる。

 こうした個体数の確認は、それまで作業員の目視によって行われるのが通例であった。そこで、より効率的な飼育を行うために、AIを用いた実証実験を行ったのである。
 まずマグロがいけすから別のいけすへ移動する通り道にカメラを置く。そこで取得した画像から、ディープラーニングによる画像解析を行い、自動で個体数をカウントしていくことによって、目視でははかりきれなかった正確な個体数を把握できるようになる。
 これによって、それまで従事者の経験則で行われてきた給餌の量やタイミングを適正化できる。生産のために必要な餌の量がわかれば、すなわちコストの削減が可能となる。
 また、稚魚からの成育数を正確に確認できることで、自然の環境においてマグロ育成に最適な状態を見つけ出し、効率的な養殖を行えることも、大きなメリットのひとつだ。

家畜の体重・体調把握に貢献

生物を対象とした画像認識のAI技術は今後も成長していく

 ディープラーニングによる画像解析は、畜産においても活躍している。たとえば、養豚における画像解析は競争の激しい分野となっている。
 とくに、その有効的な活用例として挙げることができるのが、画像からブタの体重を計測する技術だ。
 ブタが出荷される際に最適な体重は一般的に115〜120㎏前後と言われている。それより重量が少なくても、オーバーしても価値が下がってしまうという。
 よって、出荷時の体重測定は重要なものになるのだが、一頭一頭を体重計に移動させて計測するのは相当な重労働となる。そのため、目視によって外観から体重を推測する「目勘(めかん)」も行われていたが、計測者に熟練度が求められるうえ、どうしても人によって差が出てしまうという課題があった。
 そこで現在行われているのが、目勘を画像認識に置き換えて計測する方法である。体重計ほど正確ではないが、カメラによって非接触で体重を推測することができ、労力を大幅に削減できるというのが利点だ。
 さらに出荷時だけではなく、豚舎のなかでの生育過程でも、画像解析が行われている。これも従事者の労力削減に大きな役割を果たしていると言えるだろう。
 農林水産省の「畜産統計」(令和4年2月1日現在)によれば、養豚業1戸あたり約2500頭のブタを飼育している。飼養戸数が減少するなかで、1戸あたりの飼育頭数は増加する傾向にあり、大規模化が進展していると言えるだろう。となれば、いかに効率的な飼育を行えるかが、養豚業の未来を占うことになる。
 たとえば、飼育する豚舎にカメラをすえて、生育状況をモニタリングする。ディープラーニングによって各個体を把握し、それぞれの体調や、体重管理を定期的に行える。それによって効果的な給餌ができ、疾病の予防や、家畜のストレスを減らした安全な飼育が行えるアニマルウェルフェアの視点で大きな効果が望める。
 また、経営的な側面でも効果をもたらすことが期待できる。ことに餌の問題は畜産業を営むうえで大きなファクターだ。配合飼料などの餌代は経営コストの半分以上を占めるとされており、AIによるモニタリングが普及していけば、長期的なコスト削減にも役立つと考えられる。
 こうした生物を対象とした画像認識のAI技術は、今後も成長していく分野であると私は考えている。ただ、相手が生物であるだけに変数も多く、なかなかデータの取得が困難な側面があり、われわれアラヤでも試行錯誤をし
ながら研究を進めているところだ。

一次産業へ人材流入促す

 このように、先端技術の利活用が進む第一次産業だが、農業の分野においても同様の課題の下に進められている。高齢化、後継者不足などによって就業人口は減少しており、ひとりあたりの平均経営耕地面積が拡大するという人材難にあえいでいる。
 こうした課題に対応すべく、農林水産省では令和元年度から「スマート農業実証プロジェクト」を開始し、ロボット、AIをはじめとする技術の導入を積極的に振興している。
 最もわかりやすい例でいくと、ドローンの活用が挙げられるだろう。位置情報が捉えられる屋外の水田や畑における種まきや、農薬散布が行われている。
 当然手作業よりも大ざっぱなものにはなる。したがって、畝に沿って種をまくというような作業には細かな操作が要求されるが、中規模の田畑への農薬・肥料散布などでは大きな効果を得られる。
 前回の連載でも紹介したように、ドローンのハードウェア面が進化していけば、バッテリーの持ちも良くなって長時間の作業も可能となり、今より重量のある物資を運ぶことも期待できる。さらに現在、作物の生育状態を解析して、ドローンが追加で肥料をまく技術も開発されており、さらに就業者の作業工数を減少していけるようになるだろう。

ドローン以外にも、自動運転によるトラクターや、AIの画像認識を使った自動収穫機といった多くの先進技術が農業に取り入れられている。しかし、まだ実験的な導入にとどまっているのが実情と言わざるを得ない。
 それはやはり、取り組みの途上であるために、導入コストの負担が大きいことが理由のひとつだろう。そのためにも、研究・開発、また普及のために、さらなる国の支援が必要になってくる。
 普及が進めば、現在開発が進んでいる技術だけでも、農業の人材難は解消されるのではないだろうか。ビニールハウスのなかで機械だけが動き、人はモニタリングしながら管理するレタス工場のように、農業の全自動化は遠い夢ではないと思われる。
 さらに私見をはさませていただくなら、自動化が進めば、農地は自動的に生産が望める農業「施設」となるはずだ。そうすれば施設を保有すること自体に資産価値が生まれてくる。
 やや希望的なもの言いになってしまったかもしれないが、第一次産業への人材流入の鍵は、先進技術の導入が握っていることは間違いないだろう。