【読書】『源氏物語の時代』 山本淳子 著
大河ドラマの良いところは、登場人物の死がネタバレにならないことだと思う。1000年も生きているひとはいないので、当たり前のように平安時代の歴史上の人物は死んでいるし、ドラマの中でもやっぱり死んでいく。
すこし前の、『光る君へ』では、一条天皇の崩御が描かれていた。
塩野瑛久さん演じる一条天皇は、佇まいや所作が美しくて、とてもよかった。抑制された演技が、一条天皇の抑えきれない気持ちの揺れうごくさまを丁寧に表現していたと思う。
私にとっての古典は、なんとなく憧れがあるけど、よくわからんという距離感の読み物だ。アーサー・ウェイリー版の源氏物語や、河出から出ていた『池澤夏樹=個人編集 日本文学全集』のなかにあるいくつかの新訳版(平家物語やらなんやら)に挑戦してみても、最初はおもしろいんだけど、途中で飽きてしまう。
なんかもう、自分と関係あるとはさらさら思えないのである。それは大河ドラマも同じで、みんなが口を揃えておもしろいという『鎌倉殿の十三人』でさえ、最期まで見られなかった。
ただ、今回の大河ドラマは、よくわからんけど、おもしろいのである。長女が塾に行っている間に三人で見るドラマとしてとても重宝していて、なんだかんだで毎週楽しみにしているし、初めて完走できそうだ。
望月の歌もある道長は、さぞかしリア充だったんだろうと思っていたら、家と家、公卿たちと天皇、そこかしこで間にはさまれてなんかかわいそうなくらいで、イケイケで栄華を謳歌するというより中間管理職的悲哀にあふれてるし、紫式部も文学的な才能をひけらかすタイプの鼻持ちならないひとだったのかなと思ったら、だいぶ苦労人でふつうに悩んでいる。
見ていると自分の無知な部分が照らされていくような気になる。だからといって、啓蒙主義的すぎるかというとそうではなくて、ところどころにアクションやらサスペンスやらロマンスやらミステリーやらが散りばめられており、ちゃんとエンタメなのである。
ついでに、平安時代の暮らしがすこしずつわかってきて興味がちょろちょろとわいていたところに、noteの記事に出くわし、角田さんのすすめる『源氏物語の時代』を読んでみることにした。
もし読むひとがいたら、気をつけてほしい。もうほんとに当たり前だけど、漢字が多い。でも、角田さんが「すっごい面白いんですよ!」というのはすごくわかる気がする。
前文にあるように、『源氏物語の時代』といいつつ、この本の主眼は、一条天皇の時代に置かれている。源氏物語に限らず、作品を理解するうえで、作品が成立した社会背景や作者が置かれた状況を見ることは重要だが、山本淳子は『日本紀略』『御堂関白記』『小右記』『権記』『栄花物語』『大鏡』『枕草子』『紫式部日記』などの記述と照らし合わせながら、それぞれの視点から一条天皇の時代に起こった出来事の意味を探り、ドラマ性を浮かび上がらせている。
すべて一言一句読まなくてもつまみ食いでも楽しめる一冊なんじゃないかなと思う。
例えば、一条の最後の言葉となった上の歌は五つの史料で伝えられており、歌句がみなすこしずつ異なっていることを指摘したうえで、この歌が誰に向けて詠まれたものなのか、道長の『御堂関白記』と行成の『権記』の記述を引き合いに出して、読みの違いを示している。
山本は、上にある行成の読みを示したあとに「この歌は誰にあてたものだったのだろうか。それは一条にしか分からない」と前置きしつつも、「彰子は紛れもなく自分の人生への言葉として受けとめた、私はそう考えている。だからこそ、その後の彼女の生き方があるのだと思う」と書いている。
ドラマの副読本としても、一条天皇のロスを感じているひとにもおすすめだ。一条天皇の時代についての記述が多く、一条天皇のあとの時代にはあまり記述が少ないのがいい。大河ドラマはまだ終わっていないから。
ちなみに、塩野瑛久さんは、テレ朝の金曜ドラマ「無能の鷹」ではパッと見は頼りない新入社員として、鷹野ツメ子と対比される役柄で、一条天皇とはまた違った魅力があって、おもしろいです。まだのひとはぜひ!
まったく関係ないけど、くるりがTiny Desk Concert Japanで「ばらの花」を演奏していた。中盤くらいがすこぶるいい。それにしてもサントリー学芸賞受賞の評論はおもしろいもの多いですね。
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