【太夫、傾国の娼妓(やり手爺)ときて今世悪妃とは、これ如何に?】第55話

「小娘」
「……」

 何でしょうか、と目だけで陛下に返事をしてみれば、何故だが呆れたようにため息が。

「はぁ、菓子を口いっぱいに頬張りすぎであろう。誰も子供から菓子を取り上げたりはせぬ」

 食後の甘い杏仁豆腐からの、しょっぱいヨリヨリをモグモグしておりましたからね。菓子を取り上げられるとまでは思っておりませんでしたが、昨日からの精神的な疲弊に、念願の物を口にしたのです。無心で頬張るのは仕方ありませんよ。私、まだまだ成長期ですから。

 子猫は元の場所で大人しく、食後のお菓子のように鳥の骨をポリポリ。先人は一番奥の陰と同化してらっしゃいます。

 途中、丞相が抜け、戻ってきた時に手にしていたのが茶器類や、この甘いのとしょっぱいのです。

 置いて帰って頂いて構わなかったのですが、殿方は新たに雇った護衛も含めて未だに小屋に。長居し過ぎでは? 暇なのでしょうか。

 丞相がいなくなった間、陛下が差し入れの燭台に慣れた手つきで、パパッと蝋燭を立てて小屋の中を灯してみたり、護衛は戸の建てつけを、奥にあった古い道具を見つけて直してくれました。

 持つべきものは魔力持ちの夫に、修繕もできる護衛。そして甘いのとしょっぱいのを持ってくる契約者ですね。

 私はその間、鳥肉をゆっくり頬張りながら、指揮及び監督しておりました。

 お陰様で夫により差し入れも整理でき、手の空いた護衛により、一段上がった所に設置されたこの床も綺麗になりましたよ。細々こまごま動いてくれる夫や護衛は、重宝しますね。今日からはこちらの床に布団を敷いて寝られそう、ようございました。

「花茶です。貴妃の淹れたお茶の方が美味しいですが」

 丞相が淹れたお茶を一口含み、質を確かめます。あと少し蒸らしの時間を短くした方が、より美味しいと思います。とは言え、元々質の良い茶葉なのでしょう。

「美味しいですよ。ありがとうございます」

 お礼を言って微笑んでおきます。

「それで小娘。何故魔力調整の練習が必要なのだ?」
「そういえば、それには答えておりませんでしたね。しかし宜しいのですか?」

 既に護衛として働き始めたので、私の後ろには……。

「そういえば名前を聞き忘れておりましたね。名は何と?」

 そこまで考えて、ふと護衛の名前を知らない事に気づきました。特に振り返らず、眼福とも呼ぶべき麗人達を眺めながら聞いてみます。

「え、今更? 好きに呼べば良いだろう」
「左様ですか。では大雪ダーシュエとでも呼びましょう」
「……何をどこまで知って……いや、何でもない。それで良い」

 何かしら思う事があったのでしょう。けれど今は、それとなく私を観察するように目を細めた丞相が、僅かばかり気になります。何が気になるというわけではなく、何となくですが。

 ちなみに、訝しげに私の後ろを見る陛下は全く気になりませんね。

「かまわん。お前が良しとした護衛なのだろう。それで魔力の調整が必要な理由は?」

 やや痺れを切らせ気味の陛下は、気が短いですね。どのみち、まだ住環境が整っていないので先の話となるのに。

「今ではございませんが、陛下の外に出す魔力量を調節しつつ、皇貴妃の魔力にすり合わせて頂きたいのです。互いに馴染ませ合う。そう言えばわかりますか?」
「何故だ?」
「過去、お子が宿った時の営みの前。普段と違った事をなさいませんでしたか?」
「……営みなどと、子供が不躾に……」
「陛下の問いに答えているのですよ?」

 二度の人生で、その手の事には慣れすぎております。個人的な興味など、あるはずもないのに。失礼です。鼻白みたいのは、陛下ではなく私の方ですからね。

「はぁ、まあ良い。思い当たる……いや、これと言って特には……」
「陛下、あの三度の渡りの内、二度は狩りの後ではありませんでしたか?」

 首を捻る陛下に、丞相がハッとした様子で確認されます。

「ああ、そういえば。確かあの二度は、狩りで過去一番に大きな熊と、虎。それぞれ出くわしたのであったか。毛皮を作ってユーに贈ったのだ。間違いない。楽しみだと言ってくれていたから、喜んでいた。残る一度は……前日まで制度を変える為、徹夜続きであったか」

 やはりたまたまですが、条件が揃ったのでしょう。

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