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カリン・アイヌーズ『見えざる人生』―― 引き裂かれた姉妹と届かぬ手紙
1950年代のリオデジャネイロで、二人の姉妹は自らの人生を選ぶことすら許されなかった。父の意志によって別々の人生を歩むことになった彼女たちは、届かぬ手紙を書き続ける。カリン・アイヌーズの『見えざる人生』は、交錯する姉妹の運命を追いながら、家父長制の抑圧のなかでどのように生きたかを描く。
物語は姉のグィダ(ジュリア・ストックラー)がギリシャ人船乗りと駆け落ちするところから始まる。しかし男は彼女を捨て、妊娠していたグィダは故郷に戻る。家族は彼女を受け入れず、父親は彼女の存在を消し去ることを決める。ピアニストの夢を持つ妹のエウリディーチェ(キャロル・ドゥアルテ)は、姉がいなくなった理由を知ることなく彼女の帰りを待ち続ける。二人の人生は交わることなく進んでいくが、互いの存在を信じ、再会を願い続ける。
本作はマルタ・バターリャの小説『エウリディス・グスマンの見えない人生』を原作とする。カリン・アイヌーズはブラジルの70代~90代の女性に取材を重ね、彼女たちの結婚生活のエピソードを脚本に盛り込んだ。グィダは厳しい現実の中で他の女性たちと支え合いながら生きていく。エウリディーチェもまた家庭の中で希望を見出そうとする。
映画の終盤、老年になったエウリディーチェ(フェルナンダ・モンテネグロ)が姉の人生の痕跡に触れるシーンが訪れる。そこにあるのは後悔ではなく、無言の理解だ。手紙は届かなくとも、記憶の中で彼女たちは互いの存在を信じ続けた。この映画が描くのは失われた時間ではなく、どんな状況でも消えなかった記憶の痕跡である。
2019年カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリ。日本では同年のラテンビート映画祭で上映、劇場未公開。