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カリン・アイヌーズ『The Silver Cliff』―― 何も告げずに消えた男とリオデジャネイロに沈んでいく女
夫から電話がかかってくる。「サンパウロへ行く」。それだけを残して彼は消えた。ヴィオレッタ(アレッサンドラ・ネグリーニ)は突然の喪失に戸惑いながら、リオデジャネイロの夜を彷徨い始める。
ヴィオレッタは普通の人間だ。歯科医として働き、家庭を持ち、不自由なく日常を過ごしていた。しかしその日常は一瞬で崩れる。夫が突然消えたことで彼女は自分の立っていた場所の不安定さに気づく。彼女の「普通の生活」はもう二度と戻らないものになってしまった。
この映画は時間の流れを描写する。ヴィオレッタは夫を探しに行くわけでも、怒りを爆発させるわけでもない。彼女はただ街をさまよい、リオの夜の景色の中に自分の感情を沈めていく。バーの喧騒、流れる音楽、夜明け前の海。ただその場に身を置くことで、彼女は自分の心がどこへ向かおうとしているのかを確かめている。
アイヌーズの映画では「場所」が重要な意味を持つ。この映画のリオデジャネイロは、混沌としながらも、どこか人間から遠く離れているような雰囲気を持つ。ヴィオレッタの孤独は都市のざわめきの中に埋もれ、彼女自身もまた街の一部になっていく。
ヴィオレッタの旅にゴールはない。何をすれば現実を受け入れられるのか分からないまま、彼女は歩き続ける。消えてしまった者にも残された者にも時間は等しく流れていく。
2011年カンヌ国際映画祭監督週間で上映。日本未公開。