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カリン・アイヌーズ&マルセロ・ゴメス『I Travel Because I Have to, I Come Back Because I Love You』――風景に滲む孤独と喪失
道を走る車の車窓から乾いた風景が流れていく。どこまでも続く道路、点在する町、通り過ぎる人々。映し出されるのは、ひとりの男の旅路——のはずなのだが、彼自身の姿はほとんど画面に現れない。
地質学者ジョゼ・レナト(イランディール・サントス。クレベール・メンドンサ・フィリオ『アクエリアス』にも出演)は、ブラジルの北東部で水資源のデータを集める仕事をしている。彼の独白から浮かび上がるのは仕事への関心ではなく、旅に隠された別の動機だ。彼はある女性との関係を終え、その喪失感を抱えたままこの旅に出た。旅を続けるうちに、自らがなぜここにいるのか、どこへ向かおうとしているのかが分からなくなっていく。
カリン・アイヌーズとマルセロ・ゴメスが共同監督を務めた『I Travel Because I Have to, I Come Back Because I Love You』は、映像日記のような形式を取りながら、ひとりの男の内面をじっくりと掘り下げる。主人公の主観的な視点を徹底的に採用する。
カメラは彼の目線そのものであり、彼が見るもの、感じるものがそのまま観客へと伝わる仕組みになっている。街を歩く女性たち、宿泊先の壁に映る影、砂ぼこりが舞う荒野——どのカットにも彼の心情が滲み出ている。彼の語るモノローグは内省的な響きを増していく。
ブラジル北東部の風景は雄大でありながら寂しげで、主人公の心情とシンクロする。広大な土地にポツンと存在する小さな町や、単調に続く道路の映像が繰り返されることで「旅の終わりが見えない」という感覚が強調される。
「旅に出るのは必要だからだが、帰るのは愛するものがあるからだ」。映画のタイトルは彼の感情の揺れを象徴する。旅が進むにつれ、彼にとって「帰るべき場所」とは何なのか、その輪郭が曖昧になっていく。彼が本当に帰りたいのは物理的な場所なのか、それとも失われた関係なのか。観客は彼の視線を通して孤独を共有することになる。
2009年ヴェネツィア国際映画祭オリゾンティ部門で上映。日本未公開。