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エドワード・ベルガー『教皇選挙』――神の名のもとに語られる言葉と人間の欲望

 鐘の音が静まり、ヴァチカンの空に白い煙が上がるまでの間、誰もその部屋で何が起きているのかを知ることはできない。枢機卿たちは外界から遮断され、携帯電話も時計もない閉ざされた空間で次の教皇を選ぶ。

 前教皇の急逝により全世界から118人の枢機卿がヴァチカンに集められる。選挙の行方を監視する立場にあるのがイギリス人枢機卿ローレンス(レイフ・ファインズ)。中立的な立場で進行を見守るはずだったが、会議が進むにつれ、彼の目を通して枢機卿たちのわずかな仕草や表情の裏に隠された意図が浮かび上がる。

 コンクラーヴェに持ち込まれるのは信仰や教義ではない。政治的な対立、地域間の力関係、過去の因縁と秘密。枢機卿たちは投票を繰り返すたびに異なる価値観に翻弄されていく。いくつもの対立軸が密室の中に積み重なる。教皇選挙は歴史と個人の欲望が絡み合う舞台となっていく。

 脚本のピーター・ストローハン(『裏切りのサーカス』)は、表に出る情報と個々の枢機卿が抱える過去との対比をギリギリのバランスで積み上げる。神聖な儀式のはずの教皇選挙が、実際には互いの立場を探り合い、妥協と譲歩によって成り立つ不安定な均衡の上に成り立っていることが徐々に明らかになっていく。

 信仰を掲げる人間が実際には何を守ろうとしているのか。神の代理人を選ぶ過程の中に人間としての弱さや迷いが見え隠れする。誰もが自らの信念を貫こうとしながらその信念が必ずしも神の意志と一致するわけではないという矛盾も刻み込まれている。神の声を探し続ける彼らが、どこまで自分の声に耳を塞ぐことができるのか。

 「教皇選挙は戦争だ!」序盤で飛び出すこの言葉にローレンスは「大げさだ」と苦笑する。しかし会議が進むにつれ、観客も次第に気づいていく。これはまぎれもない現実なのだと。

 2004年トロント国際映画祭で上映。第97回アカデミー賞で作品賞、主演男優など8部門ノミネート。2025年3月20日日本公開。


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