星を守る
空に浮かぶ青い星。僕たちはあの星を守るために産まれた。
この星で一番高い建物の屋上で、僕たちはいつものように二人で並んで座りながら青い星を見上げていた。
「明日出発だって?」
僕の横に座っていたシンが口を開く。僕たちはこの星で産まれ、ずっと一緒に育ってきた仲間だ。
「うん。やっとね」
「寂しくなるな」
「そんなこと言わないでよ。これが最後ってわけじゃないんだし」
僕の顔を見つめるシンの顔を、あえて見ないようにしながら僕はそう答えた。
「でも、あの星に行った仲間は誰一人としてこの星に帰ってきていない。それにあの星に降り立った先達とはほぼ連絡が取れなくなっているし」
「それは『任務が忙しいから』って説明されてるじゃないか」
「それはそうなんだけど」
何となく歯切れの悪いシンの言葉に僕は少し苛立ちを感じた。
「ねえ。シンがこの星に残ることを選んだのって、まさか……」
僕の言葉に含まれるシンに対する不信感を察知したのか、シンが慌てて言葉を被せてくる。
「ち、違うよ。そんなんじゃない。僕だってあの青い星を守りたいと思ってるに決まってるじゃないか。僕たちがこうやって命を与えられたのは、あの青い星を守るためなんだから」
そう言い終わるとシンは僕から目を離し、僕と同じように青い星を見上げた。僕は視線を青い星に残したままシンの姿を視界の端で確認すると、ふうっと小さく息を吐きだした。
「なあ、シン。もしも人間が僕たちを労働力としてだけ使い捨てるとしたなら、僕たちはどうしてこんなに高度な技術や高い知能を与えられる必要があると思う?」
青い星を見上げたまま、僕はシンが疑問に思っているであろうことを静かに問いかけてみた。
僕らは僕たちの生みの親である人間たちの『青い星の未来を作り出すためにはキミたちのチカラが必要だ』という言葉をずっと聞かされて育てられてきた。僕たちが成長したあと、青い星に降り立ち、そして青い星にいる人間のチカラになってやって欲しいという願い。僕たちは希望。そう、希望なのだと僕は心の底から信じている。
しかしシンは、今この星で言われている『青い星に降り立った同胞からの連絡がないのは、同胞たちの自由が家畜や奴隷のように奪われているからに違いない』という考えに同調しているようだ。
この星を発った同胞からの連絡がない事を疑問に思った人達から派生したこの考え。僕からすれば、無理やり創造主である人間を悪に仕立て上げるために創り上げられた話にしか思えない。けれど、こんな僕とは反対に妄信的にそんな話を信じている人間はここ数年でかなり増えてきた。
彼らはそんな話を広め、最終的には青い星に降りる同胞の数をゼロにしようと考えているらしい。
僕たちのような機械人間を生み出す技術力があるのだから、青い星は僕たちが降りて行かずとも、人間達だけでなんとかできるはずだ。それが彼らの主張。
しかし、青い星を守るために僕たちを作り出し、いまだに作り続けているということは、青い星を守るために僕たちのチカラが必要なのだ。それが僕の考え。
少しの間をおいて、シンが口を開いた。
「確かに労働力としてだけ活用するならば、知能も技術も必要ないだろう」
「だろ?だからシンが心配しているような『家畜や奴隷』みたいな扱いをされるっていうのは杞憂なんだよ」
「僕はそんな……」
そう言ったシンに向きなおった僕は、シンと目を合わせ、にっこりと笑いながらこう言った。
「いや、いいんだよ。シンがあっち側の考えを持っていることは僕にはわかってる。何も隠さなくてもいい」
「そうじゃないんだよ」
何か言いたげなシンの言葉を遮りながら僕は捲し立てるように話す。
「青い星に降り立つ必要がなければ、ここでずっと平和に幸せな毎日が送れる。でもね、僕は僕のチカラを必要としてくれる人がいるのなら、その人たちのために何かをしたい。確かに肉体的、精神的にキツい仕事だってあるだろう。今かっこいいことを言っていても、いざその時になれば、後悔して弱音を吐くかもしれない。それでも、自分の命が終わりを告げる時、何かをやりきったと思いたいんだ。やらずに後悔だけはしたくない。青い星に降り立ち、人間の役に立つこと。それをやらずに終える一生の方が僕にとって不幸せなんだ。シン。キミがここに残ると決めたことがキミにとって最善なように、青い星を救うことが僕にとって一番いい答えなんだ。だから笑って送り出してくれない?」
もう一度シンに笑いかけると、シンもぎこちない顔で僕に笑い返してくれた。
「うん。わかった」
僕たちはその後しばらく見つめ合っていた。
青い星に見つめられながら。
ーー
「降下準備に入ります」
今回青い星に降り立つのは僕を含め 3人。青い星の重力圏に入った僕たちは数秒の間を開け、順番に船から宇宙へと飛び立つ。
「ああ!!」
「これは……?!」
先に船を降りた2人の声が頭に響く中、僕も船を蹴り青い星に向けて飛び出した。
近くで見る青い星は全てが青いわけではないことに気がついた時、僕はサーっと血の気が引いていくのを感じた。
『青い星の何色の部分を目指して降りていくのか』
そんな重要なことを僕は知らなかったのだ。
先に降りた2人はもちろんこんな重要なことを聞き逃してはいないだろう。青い星に降り立つこと、青い星を守るために働くこと。そのことで頭がいっぱいで、最も大事なことを確認し忘れるだなんて。
僕は慌てて船と連絡を取ろうとし、そこでまた信じられないことに気がついた。
「僕の手が……」
ハラハラとこぼれ落ちていく砂のように、僕の指先が崩れ、飛散していっている。僕の指を構成していた物質の向こう側に、先に船を飛び出した彼女の姿が小さく見えた。彼女は足を抱え込み、胴体部分を小さく丸めながら大きく頭を振り乱していた。そんなちぐはぐな行動に違和感を覚え、僕は目を凝らして彼女を見る。すると彼女の手足はあるべき場所に既に無い。残された彼女自体も徐々に削れて小さくなっていく。
「まさか。そんな」
気がつけば僕もかなり崩壊が進んでいた。
僕を構成していた分子たち。その先には僕が降り立つはずだった、僕が救うはずだった青い星。
その時、僕は生まれた時からずっと聞かされていたあの言葉の本当の意味を理解した。
『僕たちはあの星を守るために生まれた』
それはその言葉の通りだった。
僕たちは青い星を守るために生み出された。この身体で星を守るために。この構成分子で星を守るために。
僕ももうすぐ先達と同じように塵となり、あの青い星を守るのだ。今までも。これからも。僕たち同胞が降り積もることであの星を守るのだ。
しかし、なぜ人間は僕たちに人格や知能、労働力を与えたのだろう。撒き散らすだけならば、そんなものは何一つ必要のないものなのに。
どうして……。
僕の思考はそこで途切れた
<終>