その他というブラックボックス(生理痛が痛い)

生理痛が厳しい。
とにかく痛みが激しい。
当然のごとく大学には行けるわけがない。
丸一日痛みに苦しみながら寝て、先ほどようやくスーパーとコンビニへ行ったが、足元はおぼつかない。
ロキソニンも効き目が今ひとつなので、この痛みをこの薬で完全に鎮めようと思ったら、たぶん致死量に達する。

生理痛とは関係ないのだが、男女の色分けは本当に世知辛いなと思う。

私が小学生だった15年ほど前、ランドセルは赤(とごく一部ピンク)と黒しかなかった。
最近イオンに行ったら色とりどりのランドセルが並んでいたので、いい時代になったなと感じる。

実家は姉である私と弟の2人兄弟なので、私に赤・ピンク系の家具やカーテンやシーツが、弟には青系が色違いであてがわれるのが普通だった。
ところが、私の好きな色は断然青である。
ランドセルは別にどうでもよかったのだが、家具の類を購入する時、私には当たり前のようにピンクが選ばれるのが納得いかず、およそ10年に渡る親との闘争の末、私も青が買ってもらえるようになった。一人暮らしをしている24歳現在、私の部屋のカーテンはことごとく青である。

とはいえ、なんだかんだで「男性は青・黒(寒色)系、女性は赤・ピンク(暖色)系」という色分けの仕方は、今でも機能しているように思う。

ただ、物事を分類しようと思うと、必ず「その他」が出て来てしまう。これは整理整頓が苦手な私の悩みでもある。
(引き出しやカゴに分類していくと、必ず「その他ボックス」ができてしまう)

そして、その「その他ボックス」は雑多なまとまりに欠けた、言い換えれば多様性に満ちた集まりになってしまうのである。
これは私が100%悪いのだが、私の部屋の「その他ボックス」は恐ろしい有様だ。

分類したら「その他ボックス」ができてしまいました、という社会的なレベルの例で一番わかりやすいのは、やっぱり男女の分類だと思う。
男と女に分類すると、どちらにも当てはまらない人が出てくる。2018年現在、そのどちらにも当てはまらない人は学術的レベルのみならず一般的なレベルでも認知されるようになって来ている。昔と比べたら随分ましではあると思う(このままでいいとは言っていない)。
ただし、この男女の分類は「異性愛者の男性」と「異性愛者の女性」に限られて来たことに注意しなければならないのだけど。

ただ、最近「男」と「女」と「LGBT」の3つに分けられているきらいがあるような気がする。というか、一部メディアは多分意図的にそうしている。「LGBT男性」とか書かれているのがそれだと思う。「LGBT男性」はさすがに意味がわからない。

「LGBT」の意味は使う人によって様々だと思う。誤解を招きたくないので、個人的にはあまり使いたくない用語である。
が、これによって「異性愛男性」「異性愛女性」に当てはまらない人々のことが可視化されてきたのも事実なので、上手に使えばいいんじゃないというアドバイスを、セクシュアル・マイノリティ研究が専門の先生から受けたことがある。

「LGBT」を「その他」という意味で使っているなら、その中は多様なので分類しようと思えばいくらでも分類できるし、完全には分類できなくて「その他」が生まれ続ける。
果たして分類することに意味はあるのだろうか、とすら思えてくる(私の部屋に溢れかえっている小物然り)。

ただ、「その他」だけでなくて「(異性愛者の)男」と「(異性愛者の)女」にこれまで分類されていた中も、まだまだ分類可能であるということも、学術的なレベルではよくわかっている。日本社会一般のレベルではだんだんわかって来たばかりというところだろう。私はどちらかというとこちらの方に興味がある。
これについて、学術的なレベルではいろんな人がいろんなことを書いているので、もっともっと勉強しなければと思う。ただ、浅学菲才の🍩にもわかるように書いて欲しいと思うことは、正直ある。

「いくらでも分類可能」な状態を無理やり2〜3種類に分類してしまうことに私たちは慣れきっている。しかし、これはものすごい暴力なのかもしれない。
さらに、それに対して色付けすることは、もっともっとすごい暴力なのではないか。私が青のカーテンを買ってもらうために10年戦ったように。

ただ、色で分類されていると、わかりやすいのも事実ではある。

公共のトイレは男性用が青、女性用が赤の内装になっていることが多いが、とある公共施設でどちらも内装が白になっているトイレがあった。
私はよく確認せず、間違えて男性用のトイレに入ってしまった。誰も使っていなかったのでセーフだったが。
色分けはこういうところで機能していて、分類にしたがっておけば社会的にまずいことにはならないのだな…ということをしみじみ実感した(男性が女性用トイレにいたら何もしていなくても犯罪者扱いされてしまうということである)。

暴力的に分類されるのは嫌だけど、社会がそうなっているから仕方ないと諦めてしまっているんだろうなぁとふと思う。

この辺りで生理の話に戻るのだが、生理=女のものという認識になっているが、生理を経験しない女性もいれば、女性でない(or男性である)が生理があるという人もいる。
「生物学的な男の身体と女の身体があるから、男というジェンダーと女というジェンダーがあるのではなく、社会的に人間が男と女に分類されているから、生物学的な身体に男と女という名前がついた」というようなことを、ジェンダー論に入門するあたりで習うのだが、生理についても同じことがある。
身体にしろ、性自認にしろ、性役割にしろ、「男でも女でもない」がありうる。
ついでに言えば、「男でもあり女でもある」もありうる(ベン図の重なっている部分を思い出して欲しい)。この「AでもありBでもある」は整理整頓における私の悩みの種でもある。

なので、生理の話は「女の話」としてではなく「私の話」として、伝えていきたいなぁと思うのだが、異性愛女性をやっている以上はなかなか難しいところではある。
私が女を代表しているわけではないのだけど。むしろ私が女を代表したら、他の女性のみなさんがお怒りになるはずである。

AかBに当てはまらない存在、「AでもBでもない」や「AでもありBでもある」がブラックボックスになる社会は嫌だなと思う。ブラックボックスは整頓されていない私の部屋だけにあればいい。
しかし、それについてどうすればいいのかはよくわからない。
ただ、「LGBT男性」とか言ってるうちはやばいなと思う。とりあえず、男女とか性的志向に関係なく、好きな色を選べるようにしよう。私は青がいいです。

(月経前症候群がひどいので、タグに入れておきました)

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