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編集視点を持ったビジネス職がデザイン会社にもたらすもの──アクアリング執行役員・吉村 卓也

目の前にある限定された素材をいかに選び取り、共通価値を発見するか。編集の視点を持つことは「ブリコラージュ」の発想に近いと言えるかもしれません。

本記事は、2024.04.16 designing の掲載内容を転載しています。
執筆 長谷川リョー、編集 小池真幸、撮影 今井俊介

デザイン会社に欠かせない職種が、プランナーやプロデューサーといったビジネスロールだ。

一方で、その重要性にもかかわらず、未だなお属人的な強みが出やすい職種であることは事実。デザインの領域が拡張するのと同様に、理解すべき範囲も拡大しやすいため、その時々の最適解を導き続けるのは容易ではない。

そうした中、デザイン会社においてビジネス職が果たすべき役割を「編集」と捉えているのが、アクアリングで執行役員、プロデューサー・プランナーを務める吉村卓也だ。

アクアリングは名古屋を拠点とするデザインファームで、Webデザインを主業として創業から20年以上を数える。従業員は80名を超え、中部地方の有名企業のデザインを数多く手がけ、昨今は東京での仕事も増えているという。

地域におけるデザイン会社の役割、ローカルのデザイン会社が東京で発揮できるバリュー……名古屋のデザイン会社としての戦い方について聞いていると、デザイン会社のビジネス職にとって「編集」がコアスキルである理由が見えてきた。

デザイン畑一筋から、領域拡張を重ねた20年

吉村は、長く「Webデザイン」の領域でキャリアを積み重ねてきた人物だ。大学時代よりフリーランスとしてWebデザインに携わり始め、デザイナー、ディレクター、そしてプロデューサーと職種を変えつつ複数社を渡り歩いた。

吉村「我流のまま突き進むよりは、自分の仕事の背景と言いますか、一定の型を身につけておきたいと思い、(そのまま新卒フリーランスとならずに)会社に入りました。

当時のWebの世界は現在のように職種が明確に分かれておらず、デザインとコーディング、さらにはディレクターまでを兼ねるフルスタックが当たり前。最初からスキルが限定されなかった経験は、結果的に自分のキャリアを広げてくれる手助けになったと思います」

アクアリングの前職ではディレクターを務めていた吉村は、アクアリング入社時、未経験であったプロデューサー職を希望する。それにより、制作からビジネスまで、デザイン会社における職種の大部分を経験したことになるからだ。

当時はまだ制作の現場のリアリティを持ったビジネス職人材も少なかった。出自が制作である自らの知見が営業で活かせると踏んだわけだ。

そうして2013年、アクアリングに入社した吉村。さらなる成長を追い求め、入社から数年後には、当時拠点としてまったく機能していなかった東京オフィスへの異動を願い出る。結果、東京では5〜6年ほど働くことになった。愛知では知られた存在だったアクアリングも、東京では無名。文字通りゼロからのスタートを切ることになった吉村はあらゆる方面から手を打ち、どんなに勝ち目がない機会でも、全てに飛びつく勢いで東京での仕事を生み出すべく邁進していった。

とはいえ、競合するのは代理店や大手制作会社など名の通った企業ばかり。とにかく提案の場に立つため「相談できる上司や仲間もいない中、ひとりで企画をつくり、プレゼンし続ける毎日。正直、過酷でした」。

だが結果的に、この暗中模索の期間が吉村にとって、一つのブレークスルーをもたらす。「編集」という視点と出会う契機になったからだ。

きっかけは、大手通信会社のオウンドメディア運用のプロジェクトだった。メディア関連のプロジェクトの経験はなかったが、提案をまとめ、体制を整え、形にすべくインプットも重ねたという。SEOコンサルに加え、エディターとライターを社外から招聘。メディア戦略や運営、KPIに直結させるコンテンツの設計、クオリティの追求まで全方位で役割を担った。

吉村「私はデザイナーから始まり、コーダー、ディレクター、プロデューサーと、デザイン会社の中でキャリアを築いてきました。しかし、このオウンドメディアのプロジェクトでは初めて、編集のプロフェッショナルと協働することになったんです。これまで知らなかった世界を知ると同時に、『編集』という視点があらゆる行為の中に存在していたのだと気づきました。これを機に、これまでのキャリアが点で繋がった感覚があったんです」

デザイン会社における「編集」という視点

「編集」の視点に気づいた吉村は、ビジネスプロデュースや制作の現場のあらゆる場面を編集という観点から見通すようになる。たとえば、予期せぬ事態が次々と発生する制作の現場での一例を次のように語る。

吉村「Webの仕事は基本的に、要件を決め、設計をして、開発をする──エンジニアリング的な発想で進められます。つまり、設計図に沿って遺漏なく仕事を進めていくスタイルです。

ただ、実際のところ予算やリソース、情報など全てが満足いくほど用意されることはない。だからこそ、『編集』の視点が活きるんです。目の前にある限定された素材をいかに選び取り、共通価値を発見するか。最近デザイン業界でも注目されている文化人類学の言葉でいえば、『ブリコラージュ(ありあわせの手段・道具でやりくりすること)』の発想に近いと言えるかもしれません」

手持ちの素材を精査し、編み上げることで、価値を創出する。そうした「編集」的視点は、制作の現場のみならず、事業推進に取り組む中でも十二分に活きる。

たとえば、先述した東京での市場開拓の際、独自の価値を提示するために、月並みな提案書を書くのではなく、コンテンツとして仕上げることが、振り返ると大きな価値を発揮していたという。

吉村「東京での事業拡大の際、避けては通れなかったのが、『なぜ東京のデザイン会社ではなく、地方のデザイン会社と仕事をするのか』という問いです。もちろん、機能的には実績や技術、人日単価などでも説明はできますが、それだけで選ばれることはほぼありません。

重要なのは、いかにして『この人たちと一緒にやりたい』と思ってもらうか。スマートで知的な東京の制作会社と対照的に映るよう、ローカルで泥臭いが熱量が高い挑戦者といった、アクアリングの持つコンテクストを、担当者に伝わるような提案をしていった。そうした提案の考え方自体も編集的だったんです」

Webデザイン出身企業として、ものづくり領域にも進出

編集の視点は、変化の激しい外部環境の中で生き抜いていくうえでも、大きな後押しとなる。

現在吉村は新規事業開発に注力している。その一つが、UI,UX面だけではなく、ハードウェアなどの”ものづくり”にも対応するラピッドプロトタイピングに特化した新規事業支援のサービスだ。これまでデジタル領域を中心としてきたアクアリングからすれば意外なものだが、その背景には「Webサイト自体が不要になる未来も十分に考えられる」という危機感がある。

吉村「私たちは、旧来通りの“Webデザイン”はいつか消えてしまうという危機感を持っています。加えて2020年に中京テレビグループに参画したことで、そのリソースも活用できる環境にある。それらを掛け合わせ、いま新規事業の可能性を多方面から模索しています。そのなかで可能性が見えつつあるもののひとつが、プロトタイプ支援なんです」

一般的に、デジタル領域を得意とするデザイン会社の場合、プロトタイプといえどペーパープロトタイプやモックアップといった“実装”を伴わない形に納めることが少なくない。実現可能性に思考が狭められるのを避けるという意図もあるが、手を動かすには相応にコストがかかる側面もある。

他方、アクアリングが拠点を置く中部地方は自動車産業を中心とした大手製造業が並び、その製造業を支える知見、技術、品質水準を持ったものづくりのプロフェッショナル企業が数多く存在する。彼らとのパートナーシップを結ぶことで、中部地方発の新たなビジネスを花開かせられるのではないか——そう吉村はにらんでいる。

この事業を立ち上げるべく、フィジカルプロトタイプの開発・製品化までを担えるパートナー企業と協働。デザインやソフトウェアのプロトタイプはもちろん、事業化の際の製品設計や量産計画などを含めた新規事業におけるものづくりパートを一気通貫で行えるパートナーシップを構築中である。

吉村「特に愛知は自動産業に紐づく製造系の会社が多く点在しています。今後、自動車産業の成長見込みに限界があるとすれば、バリューチェーン全体で関係産業に与える影響は甚大。

この危機感を地域全体が共有している中、アクアリングとしては自社の強みを活かし、プロトタイピング支援という切り口から、次なる成長可能性を見出す一助を担いたいと考えています。中部地方のものづくりを支えてきた企業と協業の輪を広げ、ゆくゆくはグローバルへの“輸出”もしていきたいですね」

中部地方は解決すべき課題が山積していると吉村は指摘する。先述した自動車産業の変化ももちろんだが、たとえばリニア中央新幹線が開通すると、人・モノ・カネ・情報が首都圏に吸収されることが予想される。それを防ぐためにも地域ブランディングが急務。加えて、インバウンド対応に関しても、東京・大阪・京都に比べて、まだまだ遅れをとっているのが現状だという。

それでも中間に位置する地理特性を活かせる余地は大きい。そのため、観光アセットの「編集」にも携わっていきたいと吉村は意気込みを語る。

吉村「中部地方は地方都市の割に消費人口が多いため、農業をはじめとする1次産業の6次化は他地域に比べ遅れていると感じています。ただ、将来的には人口も減少するでしょうし、地産外消にも対応していかなくてはいけない。その意味でも中部地方は、まだまだデザインやマーケティングの力で解決し得る課題に溢れていると思います。

地場に根ざしてきた会社だからこそ『課題』を自分ごととして捉え、デザインの力でこのエリアの活性化を担っていきたいですね」

アクアリングそのものを「編集」していく

Webデザインを生業とする企業でありながら、既存の事業形態にとらわれず、新規事業支援・地域の活性化まで事業拡大へ向けた視野を広げるアクアリング。東京での経験を経た吉村は今、アクアリング自体の「編集」を画策している。

たとえば先述した新規事業は、事業拡大という意図だけでなく、会社自体の変化にも目を向けたものだという。企業規模が拡大し、大規模な案件や責任範囲の広い仕事の割合が多くなればなるほど、愚直にものづくりに向き合うというよりは、「間違いのない」進行や「おさめに行く」ような動きも少なからず生じていく。効率化などを推し進めていけばそれはなおのこと。

吉村が入社した10年以上前のアクアリングは愚直なものづくりを追求する社風。本人いわく「働き方はメチャクチャ(笑)」だったが、ものづくりへ向き合う姿勢は評価すべき点が多々あったという。その後、代替わりや拡大・中京テレビグループへの参画を経て、現在のように効率的かつ無理なく働けるアクアリングを評価はしつつも、当時の手間や無駄を厭わず、とにかく手を動かし続けることで道を切り開く『野武士』のようなマインドが薄れている側面への危機感も感じているという。

当時のままではないにしろ、いかに現代的にアップデートした上で組織へものづくりの姿勢を再びインストールしていくか。吉村は編集の視点をそこへ活かそうと考えている。

吉村「この新規事業にはアクアリングの全社員に関わってほしいと考えています。というのも、PoC(Proof of Concept:概念実証)の段階ではとにかく手を動かし、つくって壊してを繰り返すことになるから。言うなれば愚直に手を動かすという行為が不可欠だからです。

私はその行為を通してかつてアクアリングにあった、手を動かしながら考える『野武士集団』のようなカルチャーを再インストールしたいと思っているんです」

かつての「野武士集団」的姿勢と今のアクアリングを混ぜ合わせることを、吉村は「エンジニアリング的なものづくりとブリコラージュ的なものづくりを両立させるカルチャー」と表現する。文化の側面から、「企業を編集していく」のが吉村のもくろみなのだ。

吉村「それと同時に業務フロー刷新や、人材ポートフォリオの再構築なども行っていかねばと考えています。デザイン史家のジョン・ヘスケットが提唱する『デザイン的思考』では、“計画、スケジューリング、企画、意匠、その全てにデザインの側面がある”と論じています。私はまさにこのマインドがアクアリングには必要だと思っていて、デザイナーのみならずチームに関わる全てのメンバーに、この考えを持ってほしいと思っている。

ディレクターは単に進行を管理するだけではなく、プロジェクトそのものの意義からデザインするもの。かつその意義は会社/クライアント/自分自身と多様な眼差しをもって考えなければいけない。そんなデザインをしてほしいのです」

デザイン会社を渡り歩く、吉村のキャリアにとってブレークスルーとなった「編集」との出会い。目の前のデザイン、プロジェクトの全体像、そして会社の目指す方向——複層的なレイヤーを常に把握しながら、全体に意味と価値の横串を刺していく。

吉村が「アクアリングを編集したい」と展望したように、編集は経営、ひいては社会そのものの捉え方にも応用が効く。いわゆるWebデザインの会社から、地域の広い課題を解決する会社へと進化を遂げようとするアクアリングの心臓部にあるのが「編集(的な思考)」なのだ。

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