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缶コーヒーが変えた旅の風


長年、私は缶コーヒーを避けてきた。
「まずい」という先入観があったからだ。コーヒー好きを自称する私は、自宅で豆を焙煎し、ハンドドリップで丁寧に淹れることを日課としている。
朝の決まり事として、豆を挽く音と立ち上る香りを楽しむことが、一日の始まりには欠かせない。そんな私が、缶コーヒーに対する認識を一変させられるとは思いもしなかった。

かれこれ10年以上ご無沙汰している北海道旅行に出かけた。
行き先は最大の目的が札幌にあり、他は小樽など近況に絞った。3月というオフシーズンは、広大な大地のラベンダー畑は見られない。時期的に思い切って網走まで行ってオホーツク海の流氷もいいが、格安チケットでは行きずらい。

ということで、「とりあえず札幌ラーメン」ということにした。
それこそ、昔、本場のミートソーススパゲッティを食べるために、発祥の地であるボロネーゼに行ったように、ラーメンといえばさっぽろラーメンでしょ! と信じて疑わない私は、それを現地で食べるというのは当然疑いのない予定となったのだった。

並んで食べた有名店の味噌ラーメン

千歳空港から電車に乗り札幌駅のホームで何か飲み物が欲しくなった。自動販売機を見に行き、いつもなら水やお茶を選ぶところだが、ふとご当地限定があるかもしれないと思った。確かにそれらしきものが目に留まった。「森彦コーヒー」という、見たことのない缶コーヒーだった。地元のブランドだとわかる宣伝文句がある。普段なら絶対にコーヒーには手を出さないのだが、何か特別なものを感じ、興味本位で購入してしまった。

まあ、所詮缶コーヒーと先入観満載で缶を開け、一口飲んだ瞬間、「あれ?」と思わず声が漏れた。これまでの缶コーヒーに対するイメージを覆す味わいだったのだ。不味くない。いや、むしろ美味しい。豊かな香りと深みのある味わいに、私は驚きを隠せなかった。酸味と苦味のバランスが絶妙で、後味にはかすかな甘みも感じる。まるで専門店で淹れたてのコーヒーを飲んでいるかのような錯覚すら覚えた。

この予想外の出来事が、森彦コーヒーへの興味を掻き立てた。すぐに、ウェブサイトを調べてみた。すると、森彦コーヒーには実店舗があった。住宅街の路地裏にある古い木造家屋を改装した、写真を見れば一度は行ってみたくなるようなところだ。他にも全く違った雰囲気の店舗がいくつかあり、どこもこれも行ってみたくなるような独自の魅力を持っているように思えた。中でも、工場地跡に強大な焙煎場が併設された、いや焙煎工場に併設されたカフェかもしれないが、家で私がやる焙煎とも自家焙煎カフェにあるものとは規模が違う。関心は高まるばかりだった。

まずは、本店に行ってみることにした。静かな住宅街の一角に佇むその店舗は、外観から既に期待を裏切らない雰囲気を醸し出していた。中は吹き抜けで奥に席も気になったが、2階に上がることにした。外が見える窓際は先客がいたが、こじんまりとした居心地のよい雰囲気の中で、私が好きな深煎りが定番らしく、やがて淹れられたコーヒーが運ばれてきた。その味わいは缶コーヒーで感じた驚きはなかったが、問題なくおいしい一杯だった。外に出てみるとすでに何人か待っていた。このお店の人気度は予想はしてなかったが、開店間もない時間に行ったことは正解だった。

この経験に魅了された私は、今回の旅行でできうる限りの系列店にも行ってみようと思った。が、そうは問屋が下さなかった。結局、一番行きたかった焙煎工場のある店は定休日だったし、さすがに予め決めていた数少ない予定は外せなかった。比較的行きやすい一店舗だけ行くことができた。

東京などの大都市への出店を避け、地元札幌近郊にこだわっていることを知った。しかし、その方針は決して保守的なものではない。焙煎技術やカフェでの提供方法など、あらゆる面で最先端を行っているのだ。また、地域に根ざしながらも、グローバルな視点を持ち合わせている点も素晴らしいと感じた。

札幌は地方の大都市で、実は珈琲激戦地だともいう。このような質の高いコーヒーショップが他にもあるだろうことに、私は大きな喜びを感じた。森彦コーヒーとの出会いは、私の旅の在り方すら変えてしまった。次の旅行計画を立てる際、真っ先に思い浮かんだのは、その名も「森彦ツアー」だった。まだ訪れていない全ての森彦コーヒーの店舗を巡る旅。コーヒーを通じて札幌の街を深く知る旅。各店舗の特徴や、そこで提供されるコーヒーの違いを味わい、札幌の文化や歴史、そして人々の暮らしにも触れたいと思った。

一杯の缶コーヒーから始まり、私の旅の風景を一変させた森彦コーヒー。その魅力は単にコーヒーの味わいだけでなく、地域に根ざしたブランドとしての在り方、そして顧客の心を掴む力にある。彼らの成功は、地方発のブランドが持つ可能性を示しているようにも思える。地域の特性を活かしつつ、品質では世界に引けを取らない。このような姿勢が、地元人もさることながら国内外の観光客の心を掴み、リピーターを生み出しているのだろう。

コーヒー好きとして、自家焙煎にこだわってきた私。しかし、森彦コーヒーとの出会いは、既成概念にとらわれず、新しい経験に心を開くことの大切さを教えてくれた。缶コーヒーという、これまで避けていたものの中に、素晴らしい発見があったのだ。この経験は、コーヒーに限らず、人生のあらゆる面で応用できる教訓だと感じている。


これからも、森彦コーヒーを通じて札幌の魅力を探求し続けたい。そして、日本各地にある、まだ見ぬ素晴らしいコーヒーとの出会いを楽しみにしている。森彦コーヒーとの出会いが、私のコーヒー観を広げ、旅の楽しみ方を変えてくれたように、新たな発見が私を待っているはずだ。

私は、いわゆる下戸なのでヨーロッパでワイナリーの旅を楽しんでいる知人を羨ましく思ったこともあった。いやいや、私にはコーヒーがあるではないか。コーヒーの焙煎をするようになって、すでに焙煎済みのコーヒー豆でなく、生豆を買うようになってから産地についてもっと知りたいと思うようにもなった。
いつかは、好きなコーヒーの産地に行ってみたいし、専門家の人たちと少しでも会話ができるようになりたい。考えるだけで楽しくなる。

ところで、そもそも北海道に行くにあたり、なぜ札幌だったかというと、先に明確な目的があった。それは、BUMP OF CHICKENのコンサートに札幌のチケットを申し込んで抽選に当たったら行こうだったのだ。そして「当選しました」の連絡で札幌行きが決まった。当選しなかったら行かなかったし、その時にはコーヒーのコの字もなかった。

普段はほとんど食べないジンギスカン料理も美味しかったし、二番目の目的の札幌ラーメンも行列して食べた。食べ物だけかい! 
いや、BUMPのコンサートはもちろん最高だった。
だが、次回は「森彦ツアー」だ! 

缶コーヒーが変えた旅は、これからも続く。

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