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妹‥10【連載小説】クライムサスペンス

ハードボイルド • クライム サスペンス
6100文字

佐久間亮介の妹、由美が神栄商事の吉田に拉致監禁された。由美の兄、亮介が由美を救出するために起こした事件、神栄商事襲撃事件から広がっていく人間関係。
二度に渡る神栄商事襲撃事件は、佐久間亮介を取り巻く人間関係に、新たな局面を迎えるのである。


汚職

レンタカーのランドクルーザーに、神栄商事の吉田を拉致して山の中に入った須藤と亮介。

山林の中に少し広くなった場所があり、亮介はそこに車を止めた。

後部スライドドアを開けた亮介は、手足が結束バンドで動かせない吉田を、無造作に引き摺り出してヘッドライトの明かりが間接的に届く所へ吉田を引き摺り地面に転がした。

須藤が助手席のドアを開け、ハサミをチョキチョキ動かしながら車を降りた。

『‥さーて、亮介。‥‥ハサミは‥ま、まだいいのか?いつ‥何時でも‥言えよ。すぐ渡してやっから』

『いや、ここは須藤さんにお譲りします』

『‥そうか…。‥じ‥じゃあ‥ハサミ持っててくれ。こいつが‥‥言‥うこと‥聞かないと、お‥俺ハサミで刺し‥刺しちゃうかもしれないからな‥‥』

須藤はそう言ってハサミを助手席に置き、腹の傷口に手を当てた。 
喋り方に痛みを堪えているのを亮介は感じ取っていた。
須藤は左肩の痛みから、左腕を下げたままだった。

『刺しちゃうのはまだ不味いです、須藤さん。こいつから大事なこと聞かないと』

『そうだな。じ、じゃあ‥‥聞いてみるか…』

二人は、わざと吉田に聞こえるように話て亮介は吉田に向き直った。

『そうですね。お願いします』

そう言って亮介は吉田を見たまま須藤に応えた。

『あんたさぁ、あまり強がらないで素直に答えた方がいいよ』

亮介は、そう言って吉田の目を見ていた。

『わかった。わかった…聞かれたことは出来るだけ答えるから殺さないでくれ』

『くれ、じゃないよ。そこはさ‥‥ください、お願いします。って言わなきゃ。それに、できるだけじやなくて全部話しますって言うべきだよな?自分の立場分かってるよね?』

亮介は、吉田に言い聞かせるように、わざと意地悪っぽく言った。

『わ、わかりました。なんでも答えますから殺さないで下さい。お願いします』

吉田は既に、須藤と亮介の前では腑抜けになっていた。

『須藤さん、そういう事で、録音の準備オッケーです』

亮介はスマホのボイスレコーダーをオンにした。

『おう。じゃあ吉田、これから‥‥これから‥‥俺が聞くことに‥正直に答えろよ』

『わかりました、てか、あんた座ってたほうか良いんじゃねぇか?』

吉田の言葉に、須藤は黙ったまま吉田の腹を蹴った。

『よ‥余計なこと喋ってん‥‥じゃねぇよ‥。聞かれた‥ことだけ答えろ!黒田っていう刑事はお前知ってるよな?』

『く、くそったれ!知らねぇよ!あ、いや‥‥えーとよく、わ、わかりません』

『も‥もう惚けてやがる。俺はよ‥、同じこと二度しか‥聞かねぇからな?さ‥三度目は‥どうなっても知らねぇぞ?〇〇警察のく‥黒田って刑事のこと‥し‥知ってるよな?』

『し、知ってます』

『黒田に‥か‥金渡し‥たよな?』

『渡しました』

『何の‥金なんだ?』

『拳銃を横流ししてもらうためです』

『さっき‥‥使った拳銃か?い‥幾らで幾‥つ買ったんだよ』

明らかに痛みを我慢している須藤の声を、亮介は注意深く聞いていた。

『5丁です。サイレンサーと弾付で一丁100万でした』

『残り‥‥は‥何処にあるんだ?』

『…』

『残りは‥‥何処にあるんだ?これ‥‥で二回目だからな‥‥』

須藤は吉田に一歩近付いた。

『に、二丁は車の中です』

『‥‥あと二丁は?』

『部下のギャング仲間に二丁250万で売りました』

『ど‥何処のギャングだよ』

『〇〇駅を縄張りにする、〇〇〇ギャングと隣駅の〇〇ギャングだ。暴力団と抗争起こすらしい』

『全く‥‥今の若いもんはヤクザも怖くないのか…。あの辺‥んの‥‥ヤクザなら新田興業か?』

『それは分からない。本当だ、そこまでは知らない』

『そうか…。亮介、も、もう録音オッケーだ‥‥、あー、痛てぇし眠てぇー‥』

誇り


須藤は腹の傷口に手を当て、何かを考える素振りを見せた。

『須藤さん、病院行きましょう?』

亮介は須藤の傷の痛みが強くなったのかと心配した。

『‥大丈夫だ‥うん…。その‥‥ギャングの‥‥二つのグループが襲おうとしてるの‥が新田興業だとした‥ら知らせとこ‥うかと思ってな…』

『その新田興業って須藤さんの知り合いが居るんですか?』

『あぁ…俺が‥‥まだ竜神会にいたときに‥色々世話になってたんだ‥。竜神会に居たときの‥‥俺の舎弟も‥‥い‥今はにっ、新田興業にいるんだ‥‥。竜神会と‥‥同じでよ‥‥昔ながらの‥任侠道を‥今でも貫いてる‥組なんだよ。竜神会は‥組長が代わってから、た‥‥ただの‥暴力団に‥‥なっちまったけどな…』

須藤は時折腹の傷口に手を当て痛みが強いのか、顔を歪め歯を食いしばりながら、竜神会の事を思ったのか、少し悔しそうな顔をした。

『そういう組なら…須藤さんのような人がいる組なら知らせてあげた方がいいですよ。薬とかの売買が無い組なんですよね?奴等銃も手に入れてるんだし…』

『‥に、新田興業は‥く‥薬はご法度の‥組なんだ。ただよ…し‥舎弟や‥そこの組長が‥未だに俺に‥‥く‥組に来い、き‥来てくれって言われるからな…新田こう‥興業の‥‥く、組長には‥義理もあるからよ…すげぇ‥断り辛いんだ…』

そう言って、須藤は少し笑みを浮かべた。
その笑みは須藤を見ていた亮介には、どことなく誇らしげな須藤を感じていた。

『スカウトなんですね。そういう組なら良いじゃないですか』

『‥あぁ‥ま、まぁな‥‥とりあえず‥念のため舎弟に連絡しておくか…』

『そうですね。被害が出たら大事になりますからね』

『‥明日にでも‥‥電話しとくよ。それでだ…黒田と吉田の繋がりも‥‥ハッキリした‥‥し‥‥新聞屋にも連絡入れておくか』

須藤は昔の恋人である加藤裕子の兄、有名な新聞社の管理職である加藤真二の携帯にショートメールを送ろうとしたが、右腕しか動かせない須藤は、亮介に携帯を渡しメールを打ってもらうことにした。

「神栄商事の吉田と黒田の繋がりの証拠あり。近々〇〇駅を根城にするギャングとヤクザの抗争あり。吉田がギャングに銃を売った。その銃は黒田から吉田に金で流れた銃  須藤」

亮介は、須藤の言葉を文字にして打ち込み、加藤宛にメールを送信して、須藤に携帯を渡した。

『悪いな、あ、ありがとう。これで‥よし…。亮介‥今夜‥は‥‥ここで一眠‥りしねえか?傷がめちゃめちゃ痛てぇけど…眠てぇんだ‥‥』

須藤は、そう言って亮介を見た。
亮介は須藤の腹の傷口を縛る布を探したが、レンタカーのランクルには何も無かった。

そこで目に付いたのが吉田の如何にも高そうなスーツだった。

漢の傷


『須藤さん、ちょっと助手席座っててください。傷口縛れば少しは楽になるかもしれない。傷口縛る良いもの見つけたので座って待ってて‥』

亮介は、そう言って須藤が助手席に置いたハサミを握りしめ、吉田に近付いた。

『お、おい、ちゃんと喋ったじゃねぇかよ!もう、俺は用無しかよ!』

ハサミを持ち近付く亮介に、吉田は怯えた表情を見せた。

『誰も殺すなんて言ってないだろが。ちょっとあんたの服が欲しくてさ』

『服?まさかハサミで‥‥何すんだよ?このスーツ50万するんだそ?』

『そんな高いんだ。包帯代わりに両腕もらうよ』

『やめてくれよ‥もう金もねぇんだ。せめて服くら!あっ!やめろ!やめ‥‥』

『このハサミよく切れるな。ほら、次は左腕。動くなよ?変に動くとハサミ刺さっちゃうぞ?‥よーし、両腕オッケー。取り替えように両足も貰ってくぜ!』

『もう勝手にしろよ!』

亮介は、50万円するという、吉田のアルマーニスーツの両腕、両足を切り取り、須藤の傷口の包帯代わりにした。

『さて、あんたのシートはトランクだ。ほら立て。ぴょんぴょん跳ねて車の後ろ行きな』

亮介は吉田を立たせて、軽く尻をけとばした、

吉田は素直にぴょんぴょん跳ねながら、ランドクルーザーの後ろにまわり、亮介が開けたトランクのドアから、吉田は亮介により押し込まれた。

亮介は、吉田の両手、両足を縛る結束バンドにビニール紐で足と手を繋ぎ、吉田の首にビニール紐を縛り付けるた。
トランクドアを閉めた亮介は須藤の所へ行き、須藤に一度助手席から降りてもらい、吉田のアルマーニスーツの足の部分を縦に半分に切り裂き、二枚になった布を結び繋げ、長い一枚の布にして、須藤の腹にキツく巻いた布端を、須藤の腹に巻きつけた布に絡みつけた。

須藤は気まずそうにしながら、亮介に任せていた。

『須藤さん、ちょっとキツいかもしれないけど、我慢してください』

『済まない、亮介。傷口が締められて少し楽になった』

『それなら良かった。少し寝ましょう。吉田はトランクスペースに放り込みましたから。さすがに俺も眠いっす』

亮介と須藤はランドクルーザーに乗り込み、時計を見ると午前4時を回っていた。

『おっさんには、起きているには厳しい時間だ』

須藤が呟いた。

『じいちゃんは起きる時間ですよね』

亮介が意地悪く応えた。

『俺は‥じいちゃんじゃねえ。‥おっさんだから‥今から寝る。お休み』

須藤の話し方がスムーズになっていた事に亮介は少なからず安心した。

亮介と須藤は運転席と助手席の背凭れを倒して痛みよりも眠気が優先して二人は眠りに落ちた。

現場

数時間後の朝9時…。

西城ビルへ向かうパトカーのサイレンがけたたましく鳴り響いていた。

西城ビルの管理人から8階の惨状が警察へと通報された。

しかし、須藤と亮介に倒された怪我人は誰一人残っていなかった。

現場には血痕や弾痕、木刀やナイフが散乱していた。

所々に折れたであろう歯が落ちていた。

神奈川県警、所轄の捜査一課と四課合同で遺留品捜査や指紋採取、目撃情報の聴き込みが始まった。

神栄商事という事務所が入っていたことで、主に暴力団を捜査する四課も捜査に加わっていて、その中には黒田がいた。

吉田が居なくなったことで銃の横流しが露になることを恐れた黒田は吉田の携帯に電話をかけた。

呼び出しコールはするのだが、吉田が電話に出ることはなかった。

初動捜査と現場検証、現場に残された指紋採取で〇〇駅を根城にするギャングともう一つのグループ、元グループの者達の指紋が数多く一致した。

そしてビル横の駐車場に止めてある、フロントガラスの割れた外車の中から拳銃二丁が発見された。


西城ビルでの事件の後、神崎の車と仲間を回収に行った四人が、事務所の惨状を見て自分達が捕まるのを恐れて一度は現場を離れたのだが、現場に残された者達から自分達の悪事の発覚を恐れた五人は、元ギャンググループの一員だった四人は後輩たちを呼び集め、負傷した者達を運び出したことが裏目に出た結果だった。

捜査の手は午前中にギャング達へと広がった。

そのギャングの中の血気盛んな数人は捜査の手を逃れ、違法ドラッグや大麻、覚醒剤等の売買を悉く邪魔されていた新田興業への報復として、神栄商事の吉田から買い取った銃を持ち、元々報復をするつもりでいたが、せめて警察に捕まる前にと、グループに捜査の手が伸びたその日の正午前に、新田興業幹部宅へ二台の車から銃弾を数発撃ち込んだのだった。

疑惑

その日の午後…

8階の現場に残っていた弾痕から、車の中で見つかった銃も同じものと判明した。

そして新田興業幹部宅へ打ち込まれた銃弾の弾痕も、同一の銃と特定された。

『武藤警部、車の中で見つかった銃は、二丁とも黒田警部補の捜査で、ついこの前押収されたロシア製のものと一致しました』

『そうですか。ご苦労様です』

鑑識からの報告で、捜査四課の武藤警部は黒田警部補に少なからず疑惑を抱いた。

ロシア船籍が日本に持ち込んだ拳銃が摘発されたとき、ロシア人が言った銃の数と黒田警部補の押収数が異なっていた。

黒田警部補の押収数とロシア人の自供では五丁の誤差があった。

黒田の拳銃押収数の方が五丁少なく記録されていた。

しかしロシア人の、二転三転と変わる供述の曖昧さから、実際にある拳銃の数が押収された数となった。

神栄商事事務所、事件現場から発砲の硝煙反応を示す銃一丁、車の中に二丁、ギャングの二台の車から新田興行幹部宅に発泡されたことで二丁、神栄商事の事件現場での発泡硝煙反応あるが一丁で5丁。
武藤警部が抱く黒田警部補への疑惑は濃厚になった。

しかし、警察内部の不祥事だとすれば上からの圧力で揉み消される。

この「臭いものには蓋をする」という行為がどうにも解せない武藤。

しかし、その揉み消しに強く抗議できない自分もまた、臭いものに蓋をしている一人だというジレンマに陥る。

そんな武藤の耳に思いがけない朗報が舞い込んだ。



ある新聞社が、今回の神栄商事襲撃事件に警察が関与していることを仄めかしていることが分かった。

武藤にとっては願ってもないチャンスだった。

当然のように警察は全否定した。

この一件は須藤によるマスコミへの情報であった。

内通者


神栄商事襲撃事件の翌朝。

須藤が新聞社の加藤真二に送ったメールに加藤真二から須藤に電話があった。

『須藤さん、メールの内容は事実と受け取れる裏付けはあるんですかね』

加藤は、須藤がいい加減な情報を流すとは思えなかったが、その裏付けが欲しかった。

『もちろんです。‥吉田本人の‥証言もあります。信じて‥もらって大丈夫です。‥暴力団に‥加担する警察を‥マスコミの力‥で炙り出して下さい』

『吉田本人?』

『‥えぇ。詳し‥く言えないけど、‥吉田本人‥の携帯‥に黒田からさっき‥‥二回の‥着信があったので…』

『成る程…。もし可能であれば吉田を泳がせてみたいですね。黒田から吉田に電話があったのなら二人の接触もあるかもしれませんからね』

加藤真二は、須藤が何故神栄商事の吉田の証言を取れたのか聞きたかったが、敢えて聞くことはしなかった。

『‥うーん…、ちょっ‥と‥検討してみます』

須藤は言葉を濁した。

『分かりました。こっちでも警察に鎌かけてみますね』

『‥そうして‥ください。‥吉田と‥黒田の接触も‥‥検討してみます』

『お願いします』

加藤の返事の後須藤は電話を切った。

亮介は須藤の話し方に、痛みが戻ってきたのか、と再び不安を募らせた。

その後、加藤や須藤、亮介の耳にも神栄商事襲撃事件のニュースが飛び込んできた。

ニュースでは、現場検証から神栄商事とギャングとの抗争と報道されていた。

須藤と亮介には、どうしてそういう報道になったのか考えた。おそらく加藤真二によるマスコミの印象操作によるものだと思った。自分達から警察の目が逸れたことには正直、二人はホッとした。

新聞社の報道勤務の加藤は、神栄商事襲撃事件に須藤も関係しているのでは?と思わざるを得なかった。

しかし、大事な特ダネの情報源である須藤の情報には真実味があり、その情報源を失いたくなかった。加藤は須藤達の名前は出さず、報道でギャング同士の抗争に使われた拳銃と警察の汚職を仄めかしたのだ。

加藤は須藤のメールを確認してから、社に常駐している報道記者に何時でも動ける準備を指示した。

警察の動きにも怠らないように伝えていた。

そのためか報道陣として、加藤の新聞社が神栄商事襲撃の現場に駆け付けることが出来た。

それから間もなく新田興業幹部宅への銃撃事件が起きた。

そこで加藤は警察への取材班に、先日のロシア船籍から押収された拳銃との関係の有無を問うように指示をした。

そして武藤警部は、加藤の新聞社の取材班に内密で接触するのである。


続く。。。


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