空蝉…【ショートストーリー】
「いつものように」
『ほら、恵美ー‼いつまで寝てんの!起きなさい!遅刻するよ!』
恵美の母親である冴子は、いつものように朝食の支度をしながら、いつものように娘の恵美を毎日の日課のように大声で起こすのだった。
部屋から出てきた恵美は、まだ眠そうな目を擦りながらテーブルの前に座った。
『ほら、ご飯の前に顔洗ってきなさい。それからいつも言うように、おはよーくらい言いなさいよ!親子の間でもおはよーくらい言わないと…』
冴子は、これまたいつものように笑顔で明るく言うのである。
『顔洗わなきゃ…』
恵美はボソッと呟きながら洗面所へと行った。
入れ替わりに父親の武がテーブルの前に座り寝ぼけ眼でテレビをつけて、あちこちチャンネルを変えていた。
『恵美ー、起きてんのか?遅刻するぞー…』
恵美は高校3年、年頃の娘に気を使いながら、やんわり起こそうとする父親武。
『起きてるよー』
恵美が歯ブラシくわえて洗面所から、ひょっこり顔を出した。
『おぉ、起きてたか。おはよー』
『おあよー』
歯ブラシをくわえたまま挨拶して洗面所へ戻っていった。
『あなた、おはよー。コーヒーとパンだけどちゃんと食べてね』
武はテレビを観ながら、コーヒカップにスティックのブラックコーヒーを入れポットのお湯を入れた。
冷蔵庫からバターとハムを出し、パンをトースターに入れこんがり焼き上がる頃に、恵美が制服に着替えてテーブルに座った。
『おっ、支度早いな。
そろそろパン焼けるから食べてけよ。
ダイエットしてるから食べないとか言うんじゃないぞ。
ダイエットするなら三食キチンと食べないと、
一食抜いたりすると、お昼御飯食べるとき、一食抜いた分、体は余計に栄養とろうとするから逆効果なんだぞ』
『はいはい、ちゃんと食べますよ…でも3食キチンと食べてるお父さんの、その出っ張ったお腹で言われても説得力無いんだけどね』
子供っぽく笑う恵美の笑いかたは、冴子に似てきたといつも思う武。
『父さんのお腹はビールのせいだから気にすんな。よし、俺も支度すっか!』
武は立ち上がり、自分の部屋へ入ろうとしたとき、振り返り恵美を見た。
『何?どしたの?』
『覗くなよ?』
『誰も覗かないって。お願いされても覗かないってば』
恵美は、また笑った。
ニヤリと笑って、恵美の笑顔を見てから武は部屋に入り出勤前の支度を始めた。
朝食を食べ終わった恵美は、父親の食べるパンをトースターに入れ、お皿をテーブルに置きバターをお皿の横に置いた。
『あと3分以内に支度しないと、お父さんのパン黒焦げになるからね。じゃ、私先に行くねー!』
『おぉ、気をつけてな!』
自分の部屋から娘に声をかける武。
玄関で靴を履いた恵美は部屋に振り返り、お母さん、行ってくるね、と呟いた。
『行ってらっしゃい』
冴子は笑顔で恵美を見送り、部屋から出てきた武を愛しく見つめていた。
『あいつトースターのタイマー5分にしてたのか…ほんとに黒焦げになるとこだった』
呟く武。
『あなたが遅刻しないようにしたんじゃない?』
応える冴子。
朝食を食べ終わり、食器を洗おうと思った武だったが、テレビを観ながらのんびり食べてたから時間が無くなったので、そのままキッチンに置いた。
歯を磨き髭を剃りサッパリしたとこで、部屋に戻った。
武は冴子の写真を見つめた。
『恵美の笑顔が段々お前に似てきたよ。笑いかたまでお前ににてる。仲良くやってるから心配すんなよ。じゃ、仕事行ってくる』
武は冴子の写真に笑顔を見せたがどことなく寂しさを含んだ笑顔だった。
『行ってらっしゃい』
いつものように二人を見送る冴子だった。
母として、妻としての想いはいつまでも…。
終
「空蝉」
秋空を見晴らす我は現しおみ空に描くは君の面影
安桜芙美乃
最後まで読んで下さりありがとうございました。