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小説という理想の夢に沈んでいる。

小説を読み始めたのは、いつ頃だろうか。

一人の時間が好きになり始めた、小学校の時か。
それとも、学校で居場所をなくして辛くなった中学校の時期か。

どのみち、私が小説の世界にひきこもり始めたのは幼い頃からだった。
外の世界が嫌で、何も見たくなくて、現実の世界とかけ離れた本の中でしか生きれなくなった。

この場所なら、私を否定する人間も、生きづらさもなく快適に過ごせたから。


ーー少なくとも私が生きられる場所は、本の中しかなかった。




理想へのご招待


小説の世界にのめり込むまで、そう時間はかからなかった。
優しさ溢れる架空の人物に、テンポの良いストーリ展開。夢中になれる想像の世界と目を惹かれる道具や食べ物。

どれを切り取っても魅力しかなくて、私は瞬く間に小説が大好きな人間へと成り代わっていった。

授業が終われば小説、帰り道を歩く時も小説、暇さえあれば本を手に取る。

日々の中に、逃げ場となる小説は必ずあった。小説こそが、私のかけがえのないパートナーだった。

本を開けば、新しい物語と面白みのある世界が待っている。自分だけが知る、唯一の憩いの場。

手放すことなど、できなかった。


だって、小説だけは私を受け入れてくれたから。




本好き人間の成れの果て


小学校でも中学校でも、本が好きという理由から図書委員を選んだ。

毎朝7時には登校し、誰もいない静寂の世界へと舞い込む。
そうして、本独特の匂いに満たされながら、棚の掃除を始める。

本が好きな人としては、これ以上の至福な時間はない。いや、素敵な世界などない。

好きな本に囲まれながら、気に入った本を手に取り、頁を捲る。

私が想い描いた理想の世界。自分だけが存在している書物の空間。

何をとっても、どう切り取っても。私の逃げ場所であり、理想の場所だった。

そう、誰にも手が届かない、私だけの場所。


だから、委員の仕事がない空白の時間は本を大量に借り、好きな世界へと飛び込んでいた。

目の前の嫌な現実など、見たくもなかったから。


なのに、私の理想は。私の逃げ場所は。

私が尊敬していた大人によって、簡単に壊されてしまった。

「本、読みすぎなんじゃない?  成績も下がるしさ。少しは減らしたら?」

中学校二年の時だった。

好きな小説を5冊借りれてホクホクな私に、通りかかった担任は心配そうな顔をしながらそう言った。

心外だった。

私を導いてくれる人からそう言われる日が来ようなんて、到底思わなかった。

呆然とする私に、担任は気まずそうな顔をしながら踵を返した。

私はただ、担任から言われた言葉に立ち尽くすことしかできなかった。


しばしして、ようやく私の中に魂が戻ってきた。

多少のざわめきが聞こえる、踊り場。数人の生徒が降りてくる廊下。

その一角にある、緘黙な図書館。

意識が現実へと引き戻されると、私はざわめく心を押し潰すように早足で元いた教室へと向かった。

最初に湧き出た感情は、苦しさと否定されたことによる悲しさだった。




本が好きで何が悪い!?


担任から言われた言葉は、しばらくの間、私の心の中に浮遊していた。


『本を読む暇があったら、勉強しろ』

『本なんて、何の役に立つ?』

『現実を見ろ』

私の居場所を否定する言葉達が、現れては消えていく。

担任の言葉に、悪意はなかったのかもしれない。

けれど、私の心の中にはずっと重い鎖として、残ったままだ。


しばらくの間は、その言葉に傷つき、打ちのめされてきた。

本を読んではいけないのだと、辛い現実に打ちのめされろと、そう言われている気がして苦しかった。


でも、ある日。

涙がとうに枯れて出なくなった日。

私はついに開き直り、本を読んで何が悪いのだと思い始めた。


本を読もうがなかろうが、それは本人の自由である。
相手に縛られることなどないし、そもそも相手にそんな権利など持ち合わせてすらいない。

だから、自分がどれだけ本を読もうと、誰かにそれを否定される意味合いなどどこにもないのだ!


そう考えると、途端に心の中がスッキリしたような気がした。

ようやくにして、自分の居場所であると自信を持てるような、そんな感じがあった。


それからは、担任の言葉など置いてけぼりにして、毎日本を読みまくった。

図書館に通わない日はないほどに、毎日本の世界へ入り込んでは新たなものを手にした。


そんな日々は、夏休みや冬休みも当然のように続いた。


そうして、高校へと進学してしばらく経った時。

私はスマートフォンを扱うようになったことで、新しい一歩を踏み出すこととなる。



自ら、小説を紡ぎ出す道へ


インターネット上には、様々な小説が毎日絶やさず生み出されている。
それはどれも形を持たず、多種多様な空気を身に纏う。

私が初めて触れたのは、好きなアニメからだった。


ギャグとして面白いと感じていたアニメを調べていたところ、たまたま小説を目にした。

それはいわゆるボーイズラブというもので、珍しいジャンルであったが、見てみることにした。

な、何これ…!   小説になってる…!

好きなアニメの中に登場する人達が、小説の中で生き生きと話し、行動する。

私の知っている物語だからこそ、見知らぬの本とは違って親しみを感じた。


すごい!!  これなら、私にも理想の世界を創れるかも…!


感じるが早いか、そこからは読書以外に執筆作業も当然のこととして加わり始めた。

最初は、好きなアニメの小説から。
紙に書いて、徐々に世界を発展させていく。

次は、友達に勧められて見事に沼ったゲーム実況者の二次創作。

スマートフォンで文字を入力し、あるサイトに投稿し始める。

朝のホームルーム前、休み時間、放課後。


時間があれば、いつでもどこでも、小説を進めていく。

そうして、二十作程の短編小説がある程度の評価を得れた頃、ようやくにしてオリジナルの小説へと踏み出した。


その頃にはもう、高校を卒業する時期だった。


最初は美しい情景を織り混ぜた、四季に関する小説。
これは意外と長くなり、十万文字を当たり前かのように超越してしまった。驚きである。

次は、小説をテーマにしたもの。
これも意外と長くなり、先が見えなくなって筆を折った。

今度は、短めの怖い話。
このジャンルは得意分野なだけあって、瞬く間に多くの作品が出来上がっていった。


そうして現在。

数多の作品がデータとして残っている今。


ーー自分自身が小説へと呑み込まれてしまった。






小説という、抜けられぬ世界に溺れている。


この投稿をここまで読んで下さっている方々は、結局何を伝えたいんだこれ?  となっているであろう。


文字を打っている私もそうである。
何が言いたいんだこいつ、となりながらこの文書を入力している。

コンテストの趣旨である『ハマった沼を語らせて』からも多少かけ離れているし、かといって小説の分類かといえば少し異なる。

結局何が伝えたかったのか、筆者である私にもよく分かっていない。

ただ、思うままに文字を書き連ねている。


ただ一つ、言うことがあるとすればーー私は未だに、出口のないほんの世界へと迷い込んだままということだろうか。



きっと、この世界に上面などない。海のように日が差し込む、海面など見当たらない。

私は小説に魅入られたあの頃からずっと、小説という抜けられぬ世界に溺れている。


そう、ずっとずっと。

何も無い、小説という理想の夢に沈んでいる。


でも、ここは居心地がいいから、そのままでも良いのかもしれない。


誰にも見つからない、発見されない。この文字の中だけでしか生きれない魚になってしまったとしても。


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