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あの海へ〜傷ついた心を救う〜
予想外の妊娠中絶で、過去からずっと罪悪感を抱え苦しんできました。罪悪感とともに閉じ込めた気持ちは怒りと叫びと絶望でした。過去の心を閉じ込めた重い扉の先の、傷ついた心に向き合った詩です。大丈夫。十分すぎるほどに嘆き悲しんだのだから
瀕死の状態
もはやしかばねのよう
ガリガリに痩せ
髪も顔も服も
サビついた色に変色しきってしまった
悲しみをおびた泣き腫らした目
試しに手を差し伸べ話しかけてみる
こっちへおいで
大丈夫だよ
そんなはずはない
大丈夫なはずがない
と
怯えきった表情で
疑い深くこちらを見ている
あなたは過去の私
置き去りにした過去の私
傷をめいいっぱい負って
身動きも取れず
誰にも話せなかった
泣き叫びきれなかった
だから置き去りにするしかなかった
誰にも打ち明けることのできない悲しみを
1人抱え
過去の扉の鍵をしっかり閉じてしまった
何があったの?
裏切りがありました
何を失ったの?
授かった命を失いました
決して失いたくない命でした
けれども私にも責任があります
私も罪人なのです
そう言ってまた力無く崩れ落ちた
すがるように泣く過去の私に
もう一度手を差し伸べる
もう大丈夫
苦しまなくていい
もう十分に悲しんだ
失った小さな命に愛を捧げて生きてきた
たくさんの後悔と
たくさんの愛の中で
悲しみに打ちのめされながらも
1人
たった1人
誰にも言えず
相談もできず
泣き叫びたかった
怒り狂いたかった
絶望の底で
激しい怒りに
泣き叫びながらも
重たい扉に鍵をかけた
暗くて分厚い鉄の扉
血みどろの記憶
もう大丈夫
あなたは十分に苦しんだ
悲しみ抜いた
おいで
サビついた心を
温めていい
頑ななまでにこわばった身体は
どれほど温めても
どんなにさすってほぐそうとも
緊張は解けない
そしたら砂になってこっちにおいで
砂と、大好きな波になってごらん
そしたら私が包み込むことができるから
戻っておいで
私のところに
白い砂になってごらん
サラサラの砂なら
自由がきくかもしれない
手は白い砂になろうとし
ほんの少しだけ
サビの色が落ち
柔らかになった
どうしよう
どうしたいの?
海に帰る?
ふと思いついて伝えてみる
大好きだった海
小さな命を授かる前
毎週末通い詰めた海
懐かしいあまりキレイではないけれど
どこまでも続く青く深い海
決して白くはない砂利混じりの砂浜
あの海に、帰ろう
ふと、過去の私が笑顔になって
安心したようにうなずいた
帰ろう
あの海へ