いなかったことに、しなくてもいい〜小さな命のこと〜
20代で思いがけず
小さな命を授かった
それからずっと心の片隅に
暗い後悔の気持ちを抱え
あまり人に話すこともできずに
後悔の気持ちはずっと
私の人生にいつも
暗い影として存在していた
「もしも過去に戻れるのならいつがいいんだろう」
何度も何度も、繰り返してきた問いがある
もしも一度だけ過去に戻れるとしたら
当時、長く付き合っていた彼との
海での日々に戻りたいな
もし戻れたら
今でも毎日笑って過ごせていたかもしれない
日に焼けた笑顔とともに
波待ちをしながら見つめる海が好きだった
行き帰りの車でいつもふざけあって
笑い合っていた時間が好きだった
もしもあの時、離れなければ
けれど私から
別れを告げてしまった
大切だったのに
もう二度と取り戻すことはできない
かけがえのないものだったのに
もし彼と離れなければ
他の人と付き合って
思いがけず赤ちゃんを授かることには
ならなかっただろう
もちろん付き合ってすぐのその人は
結婚して一緒に育てようとは言わなかった
それほどの浅い付き合いで
赤ちゃんを授かってしまい
産むという選択はできなかった
そしてその人とは
割と簡単に、裏切られて終わった
私は一人
赤ちゃんの未来を奪ってしまったという
後悔の気持ちをそこからずっと
何年もずっと抱き続けることとなった
私は一人
いつかきっと笑顔で迎えるねと
鏡の前で泣きながら無理やり作った笑顔で
赤ちゃんに誓った
私は一人
いつか赤ちゃんを迎えられるように
体調を整えるんだと、人知れず泣きながら
近くの河原をゆっくり走った
ごめんね、赤ちゃんと
誰にも届かない小さな声でつぶやきながら
その日の月を探して、祈りを捧げてきた
もしも過去に戻れるとしたら
赤ちゃんを産まない選択への罪悪感に悩み
後悔の涙を流しながら苦しむ日々を
送ることもなかったんだろう
もしも過去に戻れたら
なんの憂いもなく
日々を楽しむことができていただろう
「けど赤ちゃんはどうなるんだろう」
もし本当に過去に戻れてしまったら
赤ちゃんとのことはどうなるんだろう
ぼんやりと浮かぶ疑問への
明確な答えは見つからなかった
もしもの話だから
答えは見つかるはずもないのだけれど
ふと、モヤのかかった思考の奥に
思いがけず、言葉が降りてきた
「赤ちゃんとのことは、なかったことにしなくていい」
ハッとした
不意に降りてきた言葉だった
心拍が上がり驚きと同時に、急に涙が溢れ出した
出会えなかったけど
確かにお腹にいた、大切な小さな命
何年もの間、後悔ばかり抱き続けてきた
ごめんねと、ずっと思ってきた
けれど後悔しながら一緒に生きた日々を
決して無にしたくはなかったんだ
赤ちゃんはいないのだけれど
確かにずっと一緒にいた
ずっと一緒に生きてきた
罪の意識ばかりに気を取られ
ちゃんと大切だと思ってきたことに
気付いてこれなかった
「いなかったことに、しなくていい」
胸の奥にしまっていた予期せぬ感情が
涙とともに溢れ出した
急に過呼吸のようになり、うずくまって
一人、静かにむせび泣いた
この手に抱くことは
できなかったけれど
お腹の中で一緒に過ごした時間は
ほんの一瞬だったけど
お腹にそっと手をあてて
お月さまを見つめたり
空をゆっくりと流れる雲をながめたり
鳥のさえずりも一緒に聞いた
少しの間だったけど
こっそり話しかけたりもした
階段の昇り降りも
いつもよりちゃんと気をつけた
確かに愛しくて優しい時間が
ほんの一瞬だけだったけど、そこにはあった
傷つけてしまい
迎えることはできなかったけど
いなくなってしまってからも
ずっと一緒だった
ごめんねとつぶやきながらも
小さな命とちゃんと一緒に生きてきたんだ
私にとってかけがえのない
決してなかったことにしたくない
大切な存在だと
ようやく気づくことができた
ごめんね、赤ちゃん
いつも一緒にいてくれたんだね
ありがとう
後悔の中にあっても
小さな命を、心から大切に思えていたんだ
ちゃんと何年もの間
悩みながら後悔しながらも
愛を持って、大切な小さな命と
向き合ってきていたんだ
ようやく
肯定することができなかった過去も
自分のものだと、受け入れられる気がした
過去に戻ることが
救いではないのかもしれない
過去に戻らなくてもいいのかもしれない
人生をやり直さなくていい
小さな命に向き合い
そこには愛する気持ちが
確かにあったから
暗い後悔の中にあったとしても
深い愛情も存在していた
これから先も、小さな命と過去の私を
ちゃんと大切だよと、抱きしめていこう
過去に戻らなくても
もう大丈夫
このままで
だいじょうぶ
私の小さな命へ
たくさんの愛を込めて