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本谷有希子「嵐のピクニック」の意図された悪意と狂気


私は整理整頓というものがとことんできない。だからという訳だけでもないが、本棚から溢れた本は床やクローゼットやソファーの裏、バッグの中までありとあらゆる場所に存在している。

そもそも、本を大切にしたいという意識がないのだ。電子書籍は嫌いだからほとんど買わないが、紙の本であれば読めればいい。平気でブックオフで100円の本を買ってくるし、部屋で見当たらない本は買い直したりするから大掃除の時に4冊同じ本が出てきたりする始末。

そんなわけで、買ったものの読む前に本の海に消えてしまった本、というのが私の部屋には多く存在する。本谷有希子「嵐のピクニック」もそんな本の1冊。数年前に買ったっきりだった物を、今回の大掃除でそういや読んでないなこれ、と引っ張り出してきたものだ。


結論から言うと、早く読めばよかった。大変、面白かった。

嵐のピクニック」は話が連続していないタイプの短編集だが、全部読むとこの本としての傾向が分かってくる。
私は全ての話に日常の中の狂気と悪意を感じた。正直な話をすると、全部の話に嫌な思いをさせられた。そういう、作者の明確な悪意を感じる。意図したものだと思う。だから面白い。

一見悲劇や後味の悪く見える話でも、どことなくユーモラスに思える。そういう面でどことなく演劇っぽい。

と思っていたら、読み終わって作者紹介を読むまで気が付かなかったんだけど、作者は元々演劇界隈の人らしい。同作者の戯曲「幸せ最高ありがとうマジで!」を昔読んでた。大学時代演劇をやっていて、部員が持ってきていたような気がする。色々難しくて上演は断念したけど、面白かったような。
細かいところは覚えてないので、近々また読み返してみよう。


以下は1話ごとの短い感想。

アウトサイド
一番最初の話で、個人的に一番好きだった。優しいピアノ教師の狂気を浴びた主人公がその狂気のままに曲を覚えていき、そのピアノ教師の狂気が外に明らかになった途端に全てのやる気を失う。凄みのある話。
日常の中に潜む狂気、というか、狂気が隣り合わせにいる感覚。人はみな本当は狂気を持っていることを思い出させる。世の中に普通の人なんているわけもなく、多かれ少なかれそういう面があるはずなんだよね。

関係ないけど、なにか嫌なことがあった時に「こいつピアノの中にぶち込んでやろうか」と思うのはストレス発散になる気がしていいな、と思った。

私は名前で呼んでる
子供の頃に傷ついた自分が大事な時に限って現れてしまう感覚はわかる気がする。多分この人は疲れていたので、解放されてよかったんだと思うよ。

パプリカ次郎
洋画でよく見るシーンの裏側の話。発送の勝利という気がする。テンプレされた物事や人物たちはそういうひとつの現象になるんだな。

人間袋とじ
この手の話で男性側の目線なのがよかった。「もっとわかりやすく言え」とかじゃなくて、全てが全ての積み重ねなんだよね。男が気づく頃には大体女の方が冷めてるのはよくある話。

哀しみのウェイトトレーニー
この短編集の中では珍しく後味が悪くない。1つ前の人間袋とじと違って、こっちはギリギリで間に合ってよかったね。ボディビルじゃなくても、人生で孤独に戦わなくてはいけない時がいつか来る。

マゴッチギャオの夜、いつも通り
知性とはなにかを考えさせられる。人が相手を人間らしく扱うのはやはり言葉が通じるからなんだろうな。でもきっとそれだけではいけない、とも思う。

亡霊病
この話は怖かった。土壇場で自分だけは大丈夫だと思ってしまうのはわかる気がする。疫病が流行ってるこのご時世に読むとなんかリンクしているようで面白い。

タイフーン
つまりは物事には見えてるだけじゃ分からないこともあるから自分だけの価値観で判断してはいけないね、って話かな。

Q&A
本書の中では2番目に好きな作品。読んでる方も、世間がこの人を本当に崇めているのか馬鹿にしているのかわからないのが面白い。誰だって自分が本当にどういう人間なのか理解出来ておらず、多かれ少なかれ「私はきっとこう言うだろう、こうやるだろう」と思って行動してる節はあるんじゃないかなあ、と思った。

彼女たち
話が繋がらない短編集、ではあるけど、ちょっとだけ1つ前の話と繋がっている。人の理想に限りはなく、しかしそれを追い求めすぎると大切なものを失う。

How to burden the girl
自分が恋をしていた相手が自分の想像とは違くて逃げていく話。だけど、総じて恋とはそういうものなのかもしれない。そのことに気づくのが遅いか早いかというだけで。

ダウンズ&アップス
人の本音もお世辞も、本質的には全く変わらない。私は本当の気持ちだとか本当の自分だとかそういう言葉が嫌いなので、語り手が言っていることも少しわかる。

いかにして私がピクニックシートを見るたび、くすりとしてしまうようになったか
この話も結構すきだし、一番演劇っぽいなあと思った。一人芝居にありそう。服というのはただ身に纏う布という訳ではなく、自分というものを守り表現するもので、それを必死で見つけてくれようとする販売員はやさしいなあと思った。


以上。
落ち込んでる時に読むと引っ張られる強さを感じるけど、全体的にオススメな作品でした。


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