難病になってもポジティブに生きる①
はじめに
最近、結節性多発動脈炎という難病が8年ぶりに再発して、すごくすごく落ち込んだ時にスーパーポジティブな夫に支えられました。
改めて、夫や家族のありがたみ、無償の愛を感じたので、その想いを書き記したいと思いました。
そして、今後治ることのない難病と一生付き合うには、諦めない気持ちが大切だということに気付きました。
少しずつ、記録に残したいと思います。
発症当時のきおく
およそ8年前、高校3年生の受験期前の夏、運動部に所属しており、引退試合直後に病気を発症しました。
当時は、ふくらはぎに内出血のような斑点多数、四肢のだるさ、身に覚えのない筋肉痛があり、皮膚科を受診しました。
町医者から大学病院を勧められ、血液検査と生検をしたのちに結節性多発動脈炎の皮膚型と診断されました。
突然難病と診断され、完治する術は今のところない、悪化すると最悪命に関わる、ということを受け止められませんでした。
幸い、ステロイド投薬での治療のおかげで大事には至りませんでしたが、心は不安で不安で仕方ありませんでした。
自分で言うのもアレですが、勉強も部活も真面目にコツコツこないしてきたので、「普通」の同級生とは違う自分に葛藤しました。
どうして自分だけこんな目に...
そして、認知度が極めて低いため周りの理解も乏しく、過度な心配もされたくなかったので、極力普通に振る舞っていました。
唯一、全てを分かってくれて受け止めてくれる母にとても支えられました。
ステロイドのせいでお腹を酷く下してしまっていたので、食生活の徹底管理、週1の大学病院への通院、こまめに体調どう?と心配してくれることなどなど
バリバリ働いてる母でしたが、私の体を第一優先にしてくれました。
そんなこんなで、母の支えと薬がよく効いたこともあり、徐々に回復しました。
難病は症例が少なく、周りにも仲間はいない、頼れる人が本当に少ないので、とっても孤独です。
思わず、「病名 有名人」でググって、克服してる人をさがしたりして...
近くに1人でも病気のことを理解してくれる人がいること、一緒に戦ってくれる人がいること、頼れる病院の先生がいること、それが心の拠り所になるのです。