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#ネタバレ 映画「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」

「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」
2018年作品
ザンパノ
2018/12/16 16:18 by さくらんぼ

( 引用している他の作品も含め、私の映画レビューはすべて「ネタバレ」のつもりでお読みください。 )

「 筋ジストロフィーで首と手しか動かせない鹿野靖明34歳は、病院を飛び出した風変わりな自立生活を始める。自ら世話してくれるボランティアを集め、夜中に「バナナが食べたい」などとわがまま放題。」

( 「ぴあ映画生活」の「あらすじ」より抜粋 )

私にも障害者で車イスの友人がいました。いましたと書いたのは、もう亡くなったからです。

そして…

訃報が届いてから、肉親が亡くなったように哀しくなり、彼は、私の心に強く宿った親友だったのかもしれないと気づいたのです。大げさに言えば、映画「道」に出てくる旅芸人のザンパノのように。もちろん、天国に行ったら逢いに行きたい一人です。

昔、あるサークルで出会ったとき、最初に挨拶したのは後輩の私でした。その後、積極的に接近してきたのは彼の方でした。

ところが、ときおり交流しながらも、失礼ながら私は、「これは友情ではなく、介助者として利用されているだけ、なのではないか」という疑念が生まれてきたのです。

そんなある日、彼の誘いで、クラシックのコンサートへ行きました。都会の新しいホールではなく、郊外にある大学の旧いホールに。当然に介助は覚悟の上でした。通路すべてに必要なスロープがあるとは限りません。トイレも車イスでは行けません。

大人の男が乗った電動車イスは、軽いものでも100キロ前後の重量があります。少し大きな段差は、介助者一人では乗り越えられません。それに、老老介護ではありませんが、普通のおじさんが無理な介助をしたら、健康な人でも腰を痛めかねません。リスクのある行為です。私の感覚では、他人様に迷惑をかけてまで、中々、そんなところへは行けません。

みかねた周囲の人が、数人がかりで手伝ってくれることも何回かありました。私は平身低頭「すみません」「ありがとうございます」などと、感謝の言葉を惜しみませんでした。ほんとうに御親切が身に沁みました。

しかし同時に違和感も感じたのです。

車イスの本人が「無言」だったからです。

もしかしたら、「障害者を健常者が介助するのは、当たり前だ」とでも思っていたのでしょうか。

もし、そうなら、私も無言で良かったのでしょうか。私は彼の親族ではなく、介助者一人なのです。

でも、もし私も無言だったら、助けに来てくれた人たちは、どう思うでしょうか。もう二度と手助けしてくれないかもしれない。

実は、亡き父を車イスで介助した時も、父は前を向いたまま無言だったのです。地下鉄の乗り降りで、駅員さんにスロープを敷いてもらったのに。

父は、いわゆる「外面」(そとづら)の良い人でしたので、不愛想だったのには驚きました。介助していた私だけが「お礼」を言いました。

さらに、電車などで、見知らぬ方の車イスの乗降を見ていますと、やはり、ときどき感謝の言葉が聴こえない事もあります。言語障害の方もいらっしゃるかもしれませんが、片手のひらを上げて感謝をしめす方法もありそうです。

昔から、自動車に乗ると性格が変わる人があるようですが、車イスに乗っても、ときに人は変わってしまうのでしょうか。

そんな、こんなの疑問が、この映画で氷解すれば良いと思っています。少し期待させる予告編でしたから。

追記

爽やかだったのは、ハワイの「ABCストア」での出来事です。

車イスに乗った、金髪の、若くて可愛い西洋人の女性が、棚の上を指さし、「取ってもらえませんか」と私に言ったのです。すぐに取ってあげると、「ありがとう」と、ハニカミながら微笑んで、レジへ行きました。

あれは、ハワイ旅行でも、一番うれしい思い出の一つです。

追記 ( 「黄金の中庸」 ) 
2018/12/31 22:43 by さくらんぼ

観てきました。なかなかの佳作です。色んな切り口で話せるような気がしますので、気がついたところから書いて行きたいと思います。

まず…私は幼い頃から①「人に迷惑をかけてはいけない」と言われて育ってきました(なかなか守れませんが)。

しかし、この作品では②「人は迷惑をかけあって生きるものだ」みたいなセリフが出てきます。そして主人公・鹿野は、「わがままし放題」にも見える生き方をしているのです。

たぶん①②は、両方とも間違っているのでしょう。

①にこだわりすぎて孤立してもいけませんし、②に染まってわがままし放題も問題です。少なくとも夜更けにバナナはいけません。

映画は社会を映す鏡とか申します。「モンスタークレーマー」が社会問題化している時に、見方によっては「わがままし放題」を肯定しているようにも見える作品を世に出すことは、誤解を招きかねないと思います。

ということは、少なくとも、この作品の主題はそこではないのでしょう。

★★★★☆

追記Ⅱ ( バナナの正体 ) 
2018/12/31 22:55 by さくらんぼ

「 筋ジストロフィーで首と手しか動かせない鹿野靖明34歳は、… 夜中に「バナナが食べたい」などとわがまま放題。」 (本文より)

ちなみに、この作品の深層で言う「バナナ」とは、「男根」の記号でしょうか。夜中だからこそバナナが食べたいのです(自慰行為)。つまり、障害者と性の問題についても語っていました。ヒロインとの悩ましい会話がありましたね。

追記Ⅲ ( 二人は一線を越えた ) 
2018/12/31 23:08 by さくらんぼ

わがまま男だと、鹿野の事を呆れ嫌っていたヒロインは、二人っきりの時、鹿野がお腹をこわして、車イスの上で脱糞した事をきっかけに、一気に親密になります。実はヒロインも、受験の時に脱糞した経験があり、その話題で意気投合したのでした。

花も恥じらう乙女と「脱糞の秘密を共有する」ことは、ある意味、セクシャルな事であり、「二人は一線を越えたと」言っても良いのかもしれません。

追記Ⅳ ( 人工呼吸器を付けても声が出るのか ) 
2018/12/31 23:24 by さくらんぼ

やがて鹿野は、首に穴を開けて人工呼吸器を付けます。

私の母も付けましたが、人工呼吸器を付けると声が出なくなり、声による会話が出来なくなります。

例えば、若い人が、事故で1~2週間人工呼吸器を付けるだけなら、大きな問題ではないのかもしれません。やがて完治できるわけですから。

でも、重病や、老いで、死にゆく人が人工呼吸器を付けることは、以後一生会話できないことを意味するのです。それが、どれほど哀しいことか。本人にとっても、家族にとっても。

しかし、映画では、(家族である素人でもできるほど簡単な)機械の調整で、人工呼吸器を付けても会話できるようになったのです。

10年ぐらい前に亡くなった母の時には、病院からそんな説明を聞いた記憶はありません。説明があれば、多少のリスクがあってもトライしたでしょう。

現在は会話できるのが普通になっていれば良いのですが。

追記Ⅴ ( 二人の秘密 ) 
2019/1/1 9:48 by さくらんぼ

>わがまま男だと、鹿野の事を呆れ嫌っていたヒロインは、二人っきりの時、鹿野がお腹をこわして、車イスの上で脱糞した事をきっかけに、一気に親密になります。実はヒロインも、受験の時に脱糞した経験があり、その話題で意気投合したのでした。(追記Ⅲより)

もう少し詳しく言うと、脱糞は引き金であり、奥にある理由は「劣等感」だったのかもしれません。

強がってはいても、鹿野は医師から余命の宣告も受けたことのある病人で、車イスの障害者ですし、ヒロインは、大病院の後継ぎ息子との結婚という玉の輿に乗るため、フリーターなのに自分は医大生だと嘘をついていますから。

この映画を観て、かつて、私と車イスの友人との間にあった、不思議な感情も、もしかしたら、「何かしらの劣等感から生まれたもの」だったのかもしれないと、思い至りました。

追記Ⅵ ( けっして「我がまま礼賛」ではなく )
2019/1/1 10:22 by さくらんぼ

鹿野は親を嫌って自活したように見えました。でも、ラストに明かされますが、意外にもそれは、「親より早く死んではいけない」という、(美しくも)古典的とも言えるモラルから派生したもので、両親を愛していたのです。

そして、ヒロインは前述したように、自分は医大生だと嘘をついています。

又、大病院の後継ぎ息子であるヒロインの彼は、ヒロインのことを恋人だとは鹿野に紹介できず、それどころか、ヒロインに恋した鹿野からラブレターの代筆を頼まれ、あろうことか、書いて、渡してしまう不甲斐なさ。

三角関係の三人は、皆嘘をついているのです。

この映画は、嘘をついてまで自分を偽って生きている人に対して贈られた、エールだったのかもしれません。「そういう意味での正直に生きなさい」であると、私は理解しました。

追記Ⅶ ( 映画「太陽がいっぱい」 )
2019/1/1 17:36 by さくらんぼ

(  映画「太陽がいっぱい」のネタバレにも触れています。)

映画「太陽がいっぱい」が、深層でLGBTのGについて語っていたのなら、この映画「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」は、障害者の性について語っていたのでしょう。

バナナを初めとして、性に関する記号が点在しています。

映画「太陽がいっぱい」では、性に対するエネルギーが、あの犯罪を起こさせました。ならば、この映画「こんな夜更けに…」も、性に対するエネルギーのはけ口としても、鹿野のわがままが描かれていたのだと思います。いわゆる代償行動ですね。

オーディオという趣味が(これに限りませんが)、愛情の代償行動であるのと同じだと思います。

これが裏の主題でしょうか。

追記Ⅷ ( 「電動車椅子と飲酒」 ) 
2019/1/2 9:06 by さくらんぼ

「  質問主意書という制度があります。

国会議員が書面で内閣に質問し、内閣はそれに対する答弁を閣議決定して返すというものです。

… (中略) …

『  他方で、電動車椅子は、原動機を用いる機械であり、飲酒してこれを利用した場合には利用者の判断や操作を誤らせ、利用者自身や周囲の歩行者等が事故に遭う危険を生じさせ得るものであることから、警察庁としては、その利用者等に対し、飲酒してこれを利用しないよう呼び掛けているところ(以下略)。 』

電動車椅子を利用するときも飲酒はしないように気をつけましょう。 」

( BLOGOS 「電動車椅子と飲酒」 河野太郎 2018年12月22日 より抜粋 )



( 最後までお読みいただき、ありがとうございました。 

更新されたときは「今週までのパレット」でお知らせします。)


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