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情動を生み出す「脳・心・身体」のダイナミクス


序論

情動研究の背景と目的は、精神活動や脳活動だけでなく、自律神経を介した身体活動にも着目する必要があることと、個別の脳部位レベルだけでなく、関連するネットワーク全体として理解すべきことの2点にあります。つまり、情動に関する脳・心・身体のダイナミックな相互作用を明らかにし、総合的な理解を目指すことが目的となります。

情動は、人間の生存に不可欠な機能です。外部からの刺激を受け取り、身体に変化を生じさせ、行動を起こさせるような心的状態が情動であり、基本的な感情反応を引き起こすことで危険回避などの適応行動を可能にします。従って、情動の機能を理解することは極めて重要です。

情動に関わる脳部位は、中核部位と周辺部位に分けられます。中核部位には扁桃体視床下部帯状回前部側坐核前頭葉眼窩部などが含まれ、緊急事態の認識、適切な対処行動の準備、外界の価値判断などに関与します。また、これらの部位は互いにネットワークを形成し、機能的に協調しながら情動を実現していると考えられています。周辺部位としては、島皮質前頭葉眼窩部などが身体内部の状態をモニタリングし、主観的な感情体験を生起させることが明らかになってきました。

情動の脳内メカニズム: 中核部位とその役割

情動の中核を担う主な脳部位は前頭葉眼窩部、扁桃体、視床下部、帯状回前部、側坐核です。

前頭葉眼窩部は行動の価値判断に関わり、外界の刺激を評価し、適切な行動を選択するための役割を担っています。また、自律神経を介して身体の制御にも関与しており、緊急事態への対処行動の準備を行っています。

扁桃体は生体の覚醒度を高め、危険に曝された際に即座に回避行動がとれるような状態を作り出す重要な役割を果たしています。情動誘発刺激を受け取ると、扁桃体が活性化し、身体反応を引き起こします。

視床下部は自律神経活動の調整を担う重要な部位で、情動を含む本能行動の処理に深く関与しています。覚醒度の制御や、情動誘発時の身体変化にも関わっています。

帯状回前部は自律神経の交感神経活動に関与し、生体全体を活発化させ、注意を喚起する役割があります。身体の活性化によって情動処理を促進していると考えられています。

側坐核は報酬や快楽に関わる処理を行う部位で、扁桃体からの投射を受けて活動します。報酬に対する反応を制御することで、情動経験に影響を与えています。

これらの中核部位は互いにネットワークを形成し、機能的に協調して情動を実現していると考えられています。緊急事態の認識、適切な対処行動の準備、外界の価値判断など、さまざまな側面から情動処理に関与しているのです。

情動の脳内メカニズム: 周辺部位とその役割

情動に関わる周辺部位としては、脳幹腹側被蓋野海馬中脳水道周囲灰白質中隔島皮質前部前頭前野内側部前頭前野背外側部側頭葉前部帯状回後部上側頭溝体性感覚皮質などが挙げられます。これらの部位は中核部位と連携しながら、情動処理を修飾する役割を担っています。

脳幹は呼吸や心拍などの自律神経活動を制御する重要な部位です。扁桃体などの中核部位から入力を受け、情動誘発時の身体変化に関与します。腹側被蓋野は中脳の報酬系路に位置し、側坐核と連携して快楽や報酬に関わる情動処理を行います。海馬は記憶形成に重要な役割を果たしますが、同時に情動記憶の形成にも関与しています。中脳水道周囲灰白質は痛みの感覚伝達路の一部であり、不快情動の処理に寄与していると考えられています。

中隔は扁桃体と連絡し、恐怖や不安などの情動反応を調節する役割を持ちます。島皮質前部は身体内部の状態をモニターし、情動体験に関わる内受容感覚の意識化に重要です。前頭前野内側部は自伝的記憶の想起や自己参照的な思考に関与し、情動体験の主観的側面の処理に寄与します。前頭前野背外側部は情動の認知的制御に関わり、適切な情動表出を可能にします。側頭葉前部は概念的な知識や意味処理に関与するとともに、社会的情動の理解にも重要な役割を果たします。帯状回後部は自己参照的な思考に関わり、デフォルトモードネットワークの一部として情動体験の主観性に関連しています。上側頭溝は他者の行動理解や心の理論に関わり、社会的情動理解に寄与します。体性感覚皮質は身体感覚入力を統合する部位で、身体性を伴う情動体験に関与していると考えられています。

情動の脳内メカニズム: 情動を実現する脳内ネットワーク

情動を実現する主要な脳内ネットワークとしては、セイリエンスネットワークメンタライジングネットワーク、ミラーニューロンネットワーク、デフォルトモードネットワークの4つが挙げられます。

セイリエンスネットワークは、帯状回前部および島皮質前部から構成されています。このネットワークは、身体の恒常状態であるホメオスタシスから逸脱した際に活動し、身体における顕著な変化を認識する役割を果たしています。身体の内部状態の変化を検出することで、情動誘発刺激に対する注意を喚起し、適切な対処行動を準備する機能があります。

メンタライジングネットワークは、前頭前野内側部、帯状回前部近傍、側頭頭頂接合部、上側頭溝後部などから成り立っています。このネットワークは、自己や他者の心の状態を推論する「心の理論」に関与しています。他者の感情状態を理解し、それに共感するための基盤となる機能を担っています。

ミラーニューロンネットワークは、頭頂葉下部や運動前野腹側・前頭葉下部などの領域から構成されています。このネットワークは、他者の行動を観察することで、その行動を模倣・学習する機能を実現しています。情動表出の認識や、模倣に基づく情動伝播にも関与していると考えられています。

デフォルトモードネットワークは、前頭葉眼窩部、楔前部、帯状回後部などの大脳皮質正中線構造から成っています。このネットワークは、外界への注意が向けられていない静かな状態で活動が見られます。身体内部の状態や感情状態の認識に関与しており、情動体験の主観性の基盤となっていると考えられています。

これらのネットワークは、それぞれ情動の異なる側面に関与しながら、相互に連携することで総合的に情動を生成・調整していると考えられています。外部刺激の検出、感情理解、表出の模倣、主観的体験など、情動に関わるさまざまな機能が分担されながら協調的に作用しているのです。

身体と情動: ジェームズ・ランゲ説と身体の反応

我々の感情体験を説明する理論として有名なジェームズ・ランゲ説(James-Lange theory)では、「人は悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しい」という斬新な考え方が提唱されました。この説は、身体の末梢的変化が逆に感情を喚起すると考えており、心拍の上昇などの自律神経を介した身体反応が感情体験を生起させると主張しています。基本感情のメカニズムを理解するうえで、身体の機能に注目することの重要性を示した画期的な理論です。

実際、セイリエンスネットワークに含まれる帯状回前部および島皮質前部は、身体の恒常状態であるホメオスタシスから逸脱した際に活動し、身体における顕著な変化を認識する役割を果たしています。これらの部位は、痛みの感知とも関連しており、身体内部の状態をモニタリングすることで異変を意識化させる機能を持っています。

つまり、自律神経を介した身体反応が先に起こり、その変化が脳内で認識されることで、主観的な感情体験が生じるというプロセスが示唆されます。内受容感覚のような身体ベースの感覚は、無意識下で処理されることが多く、直感的な感覚として意識されがちです。このように、身体の変化が情動の引き金となり、それが脳内で統合されることで主観的な感情が生まれると考えられています。

身体と情動: 内受容感覚の重要性

内受容感覚(interoception)とは、身体内部の状態や変化を感じ取る感覚のことを指します。これは、心拍数の変化や呼吸の変化、内臓の動きなど、自律神経系の活動に伴う身体内部の変化を感じ取ることができる感覚です。

内受容感覚は情動体験において非常に重要な役割を果たしていると考えられています。なぜなら、主観的な感情体験が身体ベースで起きている可能性が示唆されているからです。具体的には、島皮質という脳部位が内受容感覚を処理する重要な役割を担っており、感情状態と身体状態の認識に共通の脳内メカニズムが関与していることが分かっています。つまり、内受容感覚による身体の変化を感じ取ることで、主観的な感情体験が生じると考えられているのです。

さらに、内受容感覚は無意識下で処理されることが多く、言語化が困難な直感的な感覚として意識される傾向があります。このように、内受容感覚は情動体験の基盤となる重要な感覚であり、情動を理解する上で欠かせない要素なのです。

情動と共感: 認知的共感と情動的共感

認知的共感(cognitive empathy)とは、他者の心の状態を理性的に推論し理解する機能を指します。これは比較的意図的なプロセスであり、状況に応じてある程度コントロールが可能です。一方、情動的共感(emotional empathy)は、他者の心の状態を身体反応を伴って理解する機能を意味します。つまり、単に推論するだけでなく、他者の感情に同調し実際に感じ取ろうとするホットな機能です。

情動的共感は自動的・無意識的に生じるプロセスであり、制御が困難です。状況に接した時点で身体が自発的に反応し、その結果として他者の感情が理解されます。情動は、このような情動的共感において重要な役割を果たします。なぜなら、他者の感情を身体反応を伴って理解する過程で、情動が存在しなければ心情を素早く捉えることはできないからです。情動的共感はボトムアップ型の処理であり、情動が理性的な判断とは独立して機能することを示しています。

以上のように、認知的共感と情動的共感は質的に異なる共感の側面を捉えています。認知的共感は他者の状況を理解する際に重要ですが、情動的共感において情動そのものが大きな役割を果たし、他者の感情を直接的かつ素早く捉えるのに不可欠となっています。

情動と共感: 共感の分類

共感には大きく分けて、認知的共感と情動的共感の2つの種類があります。

認知的共感とは、他者の心の状態を理性的に推論し理解する機能です。例えば、悲しい出来事に遭った友人に対して、「あの状況なら誰でも辛いだろう」と理解するような場合です。これは意図的なプロセスを含み、ある程度コントロールが可能です。

一方、情動的共感とは、他者の心の状態を身体反応を伴って理解する機能です。友人が涙を流しているのを見て、自分も同じように涙が出てしまう場合がこれにあたります。情動的共感は自動的・無意識的に生じるプロセスであり、制御が困難です。情動が他者の心情を素早く捉えられるのは、このような自動的な身体反応が関与しているためです。

さらに、梅田らは共感を「行動的共感」「主観的共感」「身体的共感」の3つに分類しています。行動的共感とは、他者の行動を模倣することで生じる共感です。主観的共感は、自分が共感しているという意識を持つ状態です。身体的共感は、他者の心的状態を自律神経の変化などの身体反応を伴って理解することです。

このように共感には、認知的な側面と情動的な側面、さらには行動や主観、身体の側面など、さまざまな種類があります。しかし、これらは互いに密接に関連しており、総合的に作用することで他者の気持ちを理解することができるのです。

結論

情動研究の新たな視点として、情動は脳活動や認知過程だけでなく、身体活動にも大きく依存していることが明らかになった。自律神経を介した身体反応が情動体験の基盤となっており、身体性を無視すると情動の本質を捉えられない。身体内部の状態変化を感じ取る内受容感覚が、主観的な感情体験を生み出すプロセスに関与していることも分かってきた。

また、情動は個別の脳部位の活動だけでなく、複数の脳部位が形成するネットワークの活動によって実現されていることが明らかになった。セイリエンスネットワーク、メンタライジングネットワーク、ミラーニューロンネットワーク、デフォルトモードネットワークなどが、情動の異なる側面に関与しながら協調的に機能している。情動を単一の機能として捉えるのではなく、これらのネットワークの相互作用として理解する必要がある。

今後の課題としては、情動の個人差や発達的変化、さまざまな精神疾患との関連の解明が挙げられる。情動の神経基盤が個人によってどのように異なるのか、発達過程でどのように変化するのか、病理との関係はどうなっているのかなどを明らかにしていく必要がある。そのためには、脳機能イメージングなどの最新技術を活用し、より詳細な検討が求められる。

以上のように、情動研究には新たな視点が示されつつあり、今後さらなる発展が期待される分野である。心身両面からのアプローチにより、情動のメカニズムをより総合的に理解することが可能となるだろう。情動は人間の基本的な機能であり、その解明は人間理解に大きく貢献するものと考えられる。

質問と回答

  1. 質問: 情動において精神活動と脳活動だけでは不十分な理由は何ですか?

    • 回答: 情動を理解するためには、自律神経を介した身体活動にも着目する必要があります。この身体的な反応が、情動のメカニズムにおいて重要な役割を果たしています。

  2. 質問: 情動に関連する脳部位にはどのようなものがありますか?

    • 回答: 情動に関連する脳部位は中核部位と周辺部位に分けられます。中核部位には扁桃体、視床下部、帯状回などがあり、周辺部位には脳幹や前頭葉などが含まれます。

  3. 質問: 内受容感覚とは何ですか?

    • 回答: 内受容感覚とは、身体内部の状態を認識する感覚であり、島皮質が異常をモニターし、その情報を意識化する機能を持っています。

  4. 質問: 主観的感情と行動の関係についてどのように説明されていますか?

    • 回答: 行動が「逃げる」といった情動的なものであっても、その人が必ずしも「怖い」などと感じているとは限りません。主観的感情は、経験として感じている心的状態として扱われます。

  5. 質問: 共感はどのように分類されると考えられていますか?

    • 回答: 共感は認知的共感と情動的共感に分けられ、それぞれ他者の感情状態を理解する機能と、その状態を共有する機能に関連しています5

  6. 質問: 感情状態と身体状態を認識する際に関与する脳内メカニズムについて述べてください。

    • 回答: 感情状態と身体状態を判断する課題で共通して活動する脳部位は島皮質であり、共通の脳内メカニズムが主観的な感情体験と身体的状態の認識に関連していることが示されています。

  7. 質問: 自律神経活動は情動にどのように寄与しますか?

    • 回答: 自律神経活動は、情動の表現や処理に深く関与しており、特に危機的状況での迅速な反応を可能にします。情動は、身体反応を通じても強く影響を受けます。

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