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鍼灸による炎症制御:神経免疫メカニズムの解明と多様な疾患への応用


序論

炎症は生体の防御反応として重要な役割を果たしますが、過剰な炎症反応は組織や臓器の損傷を引き起こします。炎症には急性炎症と慢性炎症の2つの主な種類があり、急性炎症は外傷や感染に対する初期反応として機能しますが、慢性炎症が長期化すると疾患の原因や悪化につながります。

一方、鍼灸治療は免疫系、消化器系、呼吸器系など、様々な生物学的システムにおいて強力な抗炎症作用を発揮することが示されています。鍼灸によるこの抗炎症作用は、神経免疫調節を介した作用メカニズムによって発揮されます。鍼灸刺激によって皮膚や筋肉に損傷が生じ、様々な炎症性因子が放出されます。これらの因子がマクロファージなどの免疫細胞を活性化し、最終的に標的器官の炎症反応を抑制します。この一連の過程には、中枢神経系や自律神経系、内分泌系などの神経系と免疫系の相互作用が関与しています。


方法

本レビューでは、鍼灸の抗炎症作用とそのメカニズムに関する研究を網羅的に検討するため、PubMedおよびEmbaseデータベースを使用して文献検索を行いました。検索期間は2016年1月から2021年1月までの5年間とし、検索語には「acupuncture」「inflammation」「anti-inflammatory」などの用語とそれらの組み合わせを用いました。

文献の選択基準は以下の通りです。1)鍼灸の抗炎症作用に関する研究であること、2)英語で書かれていること、3)ヒトを対象とした臨床研究または動物実験であること、4)査読済みの原著論文であること。この基準に基づき、2名の査読者が独立してスクリーニングを行い、最終的に112編の論文を分析対象としました。

選択した論文については、研究デザイン、対象疾患、介入方法(鍼灸の種類、治療部位、治療頻度など)、主要アウトカム指標(炎症マーカーなど)、抗炎症効果のメカニズムに関する所見を抽出しました。これらの情報を体系的に整理し、臓器系統別に鍼灸の抗炎症作用とそのメカニズムについて包括的にレビューを行いました。このプロセスを通じて、神経免疫調節が鍼灸の抗炎症作用の中心的なメカニズムであることが明らかになりました。

免疫系

鍼灸は免疫系の調節を介して、関節リウマチをはじめとする様々な免疫系疾患に対して抗炎症作用を示すことが明らかになっています。

関節リウマチでは、鍼灸が炎症性マクロファージM1の活性化を抑制し、同時に抗炎症性マクロファージM2を促進することで、関節の炎症を調整することが報告されています。これにより、TNF-αやIL-1などの炎症性サイトカインの発現は抑制され、一方でIL-10やTGF-βなどの抗炎症性・組織修復因子の発現が促進されます。さらに、鍼灸はTLR4/MyD88/NF-κBシグナル伝達経路を抑制し、アデノシンA2A受容体を活性化することで、関節リウマチの滑膜炎や破骨細胞形成を抑制します。

鍼灸は自然免疫系と獲得免疫系の両方のサイトカイン発現を調節することで、免疫ネットワークを修飾し、関節リウマチの炎症を緩和します。また、制御性T細胞の増殖と分化を促進し、IL-10産生を亢進させることで炎症を抑制する作用もあります。

さらに、鍼灸はp53シグナル経路の調節を介して関節リウマチの進行を抑制することも報告されています。

以上のように、鍼灸は免疫細胞の活性化バランスの調節やサイトカイン発現の制御を介して、関節リウマチをはじめとする免疫系疾患の炎症反応を抑制する作用があると考えられています。

消化器系

消化器系疾患においても、鍼灸は強力な抗炎症作用を発揮することが示されています。特に炎症性腸疾患と非アルコール性脂肪肝疾患について多くの研究がなされています。

炎症性腸疾患では、足三里(ST36)の電気鍼灸によりIL-10の産生が誘導され、大腸の炎症が抑制されます。また、IL-18の発現が抑制されることで、痛覚過敏が改善します。さらに、アデノシンA1受容体の活性化を介した抗炎症作用も報告されています。一方、非アルコール性脂肪肝疾患に対しては、NF-κBシグナル経路の抑制や酸化ストレスマーカーの減少が確認されており、炎症と酸化ストレスの軽減を介して効果的に作用すると考えられています。

これらの研究結果から、鍼灸は炎症性サイトカインの産生抑制、抗炎症性サイトカインの誘導、腸内細菌叢の調整、酸化ストレスの軽減などのメカニズムを介して、消化器系疾患の炎症性プロセスを調節し、症状改善に寄与すると考えられます。今後さらなる研究が進めば、より効果的な治療法の開発が期待できます。

呼吸器系

呼吸器系疾患においても、鍼灸は強力な抗炎症作用を発揮することが示されています。特に慢性閉塞性肺疾患(COPD)や喘息に対する効果が注目されています。

COPDモデルラットにおいて、鍼灸はコリン作動性抗炎症経路を調節することで、気道炎症を抑制することが報告されています。コリン作動性抗炎症経路とは、副交感神経系を介したアセチルコリンによる抗炎症作用のメカニズムを指します。また、卵巣摘出ラットの研究から、エストロゲンがアセチルコリン誘発性気道反応性を減少させ、気道上皮のアセチルコリンエステラーゼ活性を増加させることが示唆されています。COPDの気道上皮においても、非神経性コリン作動性系の変化が認められており、鍼灸がこのような経路を介して気道炎症を抑制する可能性が考えられます。

一方、喘息に対しても鍼灸が有効であることが報告されています。鍼治療はアセチルコリン合成を抑制し、ムスカリン性アセチルコリン受容体M2の発現を回復させることで、気管支喘息の症状を改善すると考えられています。また、鍼灸はマクロファージの極性化を調節し、肥満細胞の脱顆粒を抑制することで、TLR4/MyD88-NF-κBシグナル経路を抑制し、炎症性サイトカインの産生を抑制すると考えられています。

さらに、鍼灸は急性呼吸窮迫症候群(ARDS)や急性肺障害(ALI)に対しても効果があることが示されています。電気鍼前処置は、NF-κBシグナル経路やNLRP3インフラマソームの活性化を抑制することで、肺組織の炎症やアポトーシスを軽減することが報告されています。また、p38 MAPK-Nrf2/HO経路の活性化や酸化ストレスの抑制を介しても、肺保護効果を発揮すると考えられています。

以上のように、鍼灸は呼吸器系の様々な疾患に対して抗炎症作用を示し、コリン作動性経路の調節、TLR4/MyD88-NF-κB経路の抑制、Nrf2経路の活性化、酸化ストレス軽減などの多様なメカニズムが関与していると考えられています。

神経系

鍼灸療法は神経系疾患における神経炎症の抑制に効果的であることが示されています。特に脳卒中(虚血性・出血性)や神経障害性疼痛などに対する作用が注目されています。

虚血性脳卒中後の神経障害に対しては、鍼灸がmiR-9を介したNF-κBシグナル経路の調節を介して炎症性損傷を抑制することが報告されています。具体的には、電鍼がmiR-9の発現を促進し、NF-κB経路を抑制することで、虚血後の神経細胞死やグリア細胞の活性化を抑えます。また、cylindromatosis(CYLD)の発現上昇を介してもNF-κB経路が抑制され、脳虚血/再灌流障害が軽減されます。

一方、神経障害性疼痛に対しては、鍼灸がCXCL12/CXCR4シグナル伝達経路を抑制することで、機械的アロディニアを改善することが明らかにされています。この経路の阻害によって、痛覚過敏が軽減されると考えられています。

さらに、鍼灸は複数の経路を介して神経免疫調節を行い、神経系疾患における炎症反応を抑制します。ABIN1の発現上昇によるNF-κB阻害、TLR4/MyD88経路の抑制、ミクログリアの活性化抑制などのメカニズムが関与すると報告されています。これらを通じて、サイトカインの産生が抑えられ、神経組織の損傷が軽減されます。

以上のように、鍼灸療法は神経免疫調節を介して神経系疾患の炎症性プロセスを抑制し、臨床症状の改善に寄与すると考えられています。特に脳卒中や神経障害性疼痛などの疾患において、その有効性が期待できます。

循環器系

循環器系疾患においても、鍼灸は強力な抗炎症作用を発揮することが示されています。特に虚血性心疾患や高血圧症などに対する効果が注目されています。

虚血性心疾患モデルラットにおいて、電気鍼灸はNF-κBシグナル経路を抑制し、心筋の炎症とアポトーシスを軽減することが報告されています。具体的には、電鍼はPIRK(p53阻害タンパク質)の発現を誘導し、NF-κB経路の活性化を阻害することで、心筋細胞の損傷を抑制します。また、電鍼はアデノシンA2A受容体の活性化を介して、心筋細胞のアポトーシスを抑制する作用もあります。

一方、高血圧症においても、鍼灸は抗炎症作用を示すことが明らかになっています。高血圧自然発症ラットにおいて、電鍼は血管内皮細胞のNF-κBシグナル伝達経路を抑制し、血管の炎症を軽減することが報告されています。さらに、マクロファージの極性化を調節することで、免疫ネットワークを修飾し、全身の炎症反応を抑制します。

以上のように、鍼灸は虚血性心疾患や高血圧症などの循環器系疾患に対して、NF-κBシグナル伝達経路の抑制、アデノシンA2A受容体の活性化、免疫ネットワークの修飾などのメカニズムを介して、強力な抗炎症作用を発揮すると考えられています。

運動器系

運動器系疾患においても、鍼灸は強力な抗炎症作用を発揮することが示されています。特に関節炎や腱炎に対する効果が注目されており、様々なメカニズムが関与していると考えられています。

まず関節炎に対しては、鍼灸がNLRP3インフラマソームの活性化を抑制することで抗炎症作用を示すことが報告されています。また、NF-κBシグナル経路の調節や炎症性サイトカイン産生の抑制、アデノシンA1受容体の活性化などを介しても、関節の炎症を抑制します。さらに、鍼灸は免疫ネットワークを修飾し、マクロファージの極性化を調節することで、関節リウマチの炎症を緩和すると考えられています。

一方、腱の修復過程においても鍼灸は重要な役割を果たすことが示唆されています。ラット実験では、鍼灸治療がコラーゲン線維の双屈折性を変化させ、腱の治癒を促進することが報告されています。また、鍼灸と低周波電気刺激の併用が、神経切断による筋萎縮を抑制することも明らかになっています。

このように、鍼灸は炎症性シグナル伝達経路の調節、免疫応答の修飾、組織修復の促進などを介して、関節炎や腱炎に対する抗炎症作用を発揮すると考えられています。今後さらなる研究によって、運動器系疾患に対する鍼灸療法の有効性が実証されることが期待されます。

内分泌系

内分泌系疾患においても、鍼灸は強力な抗炎症作用を発揮することが示されています。特に糖尿病や甲状腺疾患に対する効果が注目されています。

糖尿病では、鍼灸がTLR4シグナル伝達経路を抑制し、炎症反応を調節することが報告されています。具体的には、電気鍼灸がTLR4、MyD88、NF-κBの発現を抑制し、膵臓や肝臓の炎症を軽減します。また、内臓脂肪組織におけるマクロファージの極性化を調整することで、全身の炎症反応を抑制します。さらに、鍼灸はIL-10の産生を促進し、抗炎症性サイトカインによる炎症調節作用も発揮します。

一方、自己免疫性甲状腺疾患においても、鍼灸は免疫細胞の活性化バランスを調節することで、甲状腺の炎症を緩和することが明らかになっています。鍼灸は、Th1/Th2バランスを是正し、Th2優位の状態を改善することで、炎症性サイトカインの産生を抑制します。また、制御性T細胞の誘導や抗体産生の調整を介しても、甲状腺への自己免疫反応を抑制します。

以上のように、鍼灸は内分泌系疾患においても、TLR4シグナル経路の調節、IL-10産生促進、免疫細胞の活性化バランス調整などのメカニズムを介して、強力な抗炎症作用を発揮すると考えられています。今後さらなる研究によって、内分泌系疾患に対する鍼灸療法の有効性が実証されることが期待されます。

結論

本レビューでは、鍼灸が免疫系、消化器系、呼吸器系、神経系、循環器系、運動器系、内分泌系など、様々な生物学的システムにおいて強力な抗炎症作用を発揮することが明らかになりました。特に関節リウマチ、炎症性腸疾患、COPD、脳卒中、虚血性心疾患、関節炎、糖尿病などの疾患に対する効果が顕著でした。鍼灸の抗炎症作用は、主に神経免疫調節を介したメカニズムによって発揮されていました。鍼灸刺激に応答して放出される様々な因子が、免疫細胞の活性化や極性化を調節し、最終的に標的器官の炎症反応を抑制します。この過程には、中枢神経系や自律神経系、内分泌系などの神経系と免疫系の相互作用が関与しています。

具体的には、NF-κBやTLR4/MyD88などの炎症性シグナル伝達経路の抑制、コリン作動性抗炎症経路の調節、アデノシンA受容体の活性化、酸化ストレス軽減、サイトカインやケモカインの産生調整、免疫細胞の極性化制御などのメカニズムが関与していました。このように、鍼灸は多様な経路を介して神経免疫ネットワークを修飾し、各臓器系統の炎症性疾患に対して有効に作用すると考えられます。

しかしながら、鍼灸の抗炎症作用に関する研究はまだ発展途上の段階にあり、さらなる検証が必要不可欠です。特に、ヒトを対象とした大規模な臨床試験が重要であり、エビデンスの確立が求められます。また、標準化された鍼灸治療プロトコールの確立や、患者ごとの最適な治療法の探索など、臨床応用に向けた課題も残されています。さらに、鍼灸が神経免疫調節を介してどのようなメカニズムで作用するのかについても、より詳細な解明が必要です。今後の研究によって、鍼灸の抗炎症作用の本質的な理解が進み、その医療応用がさらに発展することが期待されます。

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