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感情認識と島
序論
感情を感じるために心と脳がどのように機能しているのかは、哲学や心理学において長年議論されてきた重要な問題です。William Jamesらは、感情における身体の変化の重要性を指摘してきましたが、近年では内受容感覚(interoception)と感情の関係性に注目が集まっています。内受容感覚とは、身体内部の様々な場所から生じる求心性の情報を指します。
先行研究では、内受容感覚の認識が感情の自覚に深く関与していることが明らかにされています。具体的には、島皮質の活動が自分の感情を自覚しているときに他の脳領域と共起しており、感情の主観的体験に重要な役割を果たしていることが示されています。また、内受容感覚と感情に関する神経メカニズムの共通性と個別性が検討され、島皮質など一部の領域が内受容感覚と感情の統合に重要な役割を担うことが明らかになってきました。
一方で、島皮質の損傷が感情認識に及ぼす影響にも注目が集まっています。先行研究では、島皮質周辺の損傷によって、高い覚醒度を伴う感情の認識能力が低下することが報告されています。これは、島皮質損傷によって覚醒度を支える内受容感覚のシステムが損なわれることが背景にある可能性が指摘されています。
以上のように、感情認識と島皮質の関係性は非常に重要であると考えられます。本研究では、島皮質に関連する腫瘍を有する患者を対象に、手術前後の感情認識課題の成績変化と内受容感覚の変化の関連性を検討することで、この重要な関係性について明らかにしていきます。
研究目的
この研究の目的は、島皮質が感情認識に果たす重要な役割を明らかにすることです。先行研究によると、島皮質は内受容感覚の処理と密接に関連しており、特に高覚醒度の感情の認識に深く関与していることが示唆されています。
島皮質の損傷が感情認識に及ぼす影響については、これまで神経心理学的な検討が限られていました。本研究では、実際に島皮質に関連する腫瘍を持つ患者を対象に、手術前後の感情認識課題の成績変化と内受容感覚の変化の関連性を検討することで、島皮質の感情認識における役割をより明確にしていきます。
具体的には、手術による脳の変化が怒りや喜びといった高覚醒度の感情の認識にどのような影響を及ぼすのかを明らかにすることで、島皮質が内受容感覚を介して感情経験を生み出す過程についての理解を深めることを目指しています。この検討を通じて、感情認識の神経基盤に関する知見の蓄積に寄与できると考えられます。
方法
本研究の対象者は、島皮質周辺領域の神経膠腫(WHO グレード1-IV)や転移性脳腫瘍の摘出手術を受けた18名(男性10名、女性8名)でした。そのうち15名が左半球の症例でした。手術に先立ち、参加者の言語機能、一般知能、記憶機能を標準失語症検査(SLTA)、ウェクスラー成人知能尺度第3版(WAIS-III)、ウェクスラー記憶尺度改訂版(WMS-R)で評価し、重度の障害がないことを確認しました。本研究は、名古屋大学医学部附属病院の施設審査委員会の承認を得て、ヘルシンキ宣言の原則を遵守して実施されました。全ての参加者から書面によるインフォームドコンセントが得られています。
感情認識課題では、ATR顔表情データベースから怒り、悲しみ、嫌悪、喜び、真顔の顔写真を使用しました。オリジナルの画像を100%の表情とし、同一人物の真顔との間にモーフィングを行って40%と60%の表情画像を作成しました。4つの表情について40%、60%、100%の表情画像を各2回ずつ、真顔を5回提示し、合計29試行から1セッションを構成しました。参加者には、それぞれの画像を4秒間提示した後に、その表情が表す感情を5つの選択肢から選んでもらいました。得られた反応は、ヒット、ミス、誤認識の3つに分類されました。また、正反応指標を算出し、分析に使用しました。
島皮質切除範囲は、手術前に撮影したMRI画像をもとに特定しました。具体的には、主に左前部から後部にかけての切除が行われていることが確認されました。
結果
本研究の結果から、島周辺領域の切除が感情認識に及ぼす影響が明らかになりました。具体的には、手術前後の心拍カウント課題のエラー率の変化量が、怒りと喜びの表情認識の正反応指標の値の低下と関連していることが示されました。つまり、島皮質周辺領域の切除が内受容感覚の正確さに影響を与え、それが特に高覚醒の感情である怒りと喜びの表情認識の精度低下につながったと考えられます。
一方、表情認識課題の結果を見ると、怒りの表情認識能力は多くの参加者で低下した一方、悲しみの表情認識能力は上昇傾向にありました。これは、感情の覚醒度の違いによって、島皮質切除の影響が異なることを示唆しています。
すなわち、島皮質は内受容感覚の処理に深く関与しており、その機能障害が感情の覚醒度に応じて異なる形で感情認識の変化を引き起こしたと考えられます。本研究の結果は、島皮質が内受容感覚を介して感情経験の生成に重要な役割を果たし、特に高覚醒の感情の認識に深く関与していることを明らかにしました。
考察
本研究の結果は、島皮質の周辺領域を切除することで、内受容感覚の精度が低下し、それが特に高覚醒の感情(怒りや喜び)の認識に影響を及ぼすことを示しています。具体的には、手術前後の心拍カウント課題の成績変化と、怒りや喜びの表情認識の結果に有意な関連が見られました。つまり、内受容感覚が正確であることが、感情認識において重要な役割を果たしていることが分かります。
また、表情認識課題の結果では、怒りの表情を認識する能力が多くの参加者で低下した一方、悲しみの表情認識能力は向上する傾向がありました。このことは、感情の覚醒度の違いによって、島皮質の損傷がもたらす影響が異なることを示唆しています。つまり、島皮質は内受容感覚の処理に深く関わっており、その機能が損なわれることで、感情認識にも変化が生じると考えられます。
この研究は、島皮質が内受容感覚を介して感情体験を形成する上で重要な役割を持っていることを明らかにしました。特に高覚醒の感情に対する認識において、島皮質の機能がどのように寄与しているのかを理解する手助けとなります。
結論
本研究の主要な発見は、島皮質の周辺領域を切除することで、内受容感覚を通じて怒りや喜びといった高覚醒の感情の認識が影響を受けることが明らかになった点です。具体的には、手術前後の心拍カウント課題の成績変化と、怒りや喜びの表情認識の変化に有意な関連が見られました。これにより、島皮質が内受容感覚を介して感情体験の生成に重要な役割を果たし、特に感情の覚醒度を処理する上で深く関与していることが示されました。
さらに、表情認識課題の結果から、怒りの表情認識能力が低下した一方で、悲しみの表情認識能力が向上する傾向が見られました。このことは、感情の覚醒度の違いによって、島皮質の損傷がもたらす影響が異なることを示しています。これらの知見は、感情認識の神経基盤に関する理解を深める上で重要な示唆を提供します。
今後の研究では、感情認識のメカニズムをさらに詳細に解明し、島皮質の役割をより深く理解することが期待されます。
内受容感覚
内受容感覚は、体の内部で起こっていることを感じ取る感覚です。たとえば、心臓の鼓動やお腹の空き具合など、体がどうなっているかを知る手助けをします。この感覚は、自分の感情を理解するためにも重要です。
島皮質
島皮質は脳の中にある部分で、体の感覚と感情を結びつける役割を果たしています。この領域は、私たちが感情を感じるとき、特に身体の反応を理解するのに大切です。感情を体験するための重要な場所です。
感情認識
感情認識は、他の人や自分の感情を理解する能力のことです。顔の表情や声の調子、体の動きなどを見て、相手が感じていることを読み取ります。この能力は、良好な人間関係を築くために非常に大切です。
神経膠腫
神経膠腫は、脳の支持細胞からできる腫瘍の一つです。悪性度によって、病気の進行や治療の難しさが異なります。神経膠腫は脳の働きに影響を与え、運動や感覚、思考に影響を及ぼすことがあります。治療方法には手術や放射線療法、薬物療法があります。
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