ライフスタイルと辺縁系!
序論
近年、慢性痛やストレスなどの健康問題が深刻化している。その背景には、現代社会における「座り過ぎ」などのライフスタイルの変化が大きく影響していると考えられている。資料によると、「座り過ぎ」は虚血性心疾患や糖尿病、慢性痛の原因の30-95%を占めており、現代社会では慢性痛を抱える人が15-20%に達し、QOLの低下と社会経済的損失を招いている。
このようなライフスタイルの変化が、脳内の辺縁系(mesocortico-limbic system)の機能不全を引き起こしていると考えられる。辺縁系は「情動」を「行動」や「自律神経反応」に変換する重要な役割を担っており、脳報酬系や扁桃体、内側前頭前野などが関与している。慢性痛やストレスの状態では、報酬系が抑制されるとともに扁桃体が過剰に興奮し、辺縁系全体が機能不全に陥ると考えられている。また、HPA軸の過剰な興奮により、辺縁系の機能不全がさらに助長されるという報告もある。
辺縁系と健康 - 辺縁系の機能
辺縁系は、情動処理、報酬システムの調節、ストレス応答のコントロールなど、様々な脳機能において重要な役割を果たしています。この辺縁系は、扁桃体、海馬、内側前頭前野などの構造から構成されています。
扁桃体は情動反応、特に恐怖や不安などの負の情動処理に深く関与しています。扁桃体の基底外側核(BLA)は、視床からの感覚入力を受け取り、その情報の情動的意味づけを行います。一方、中心核(CeA)は扁桃体からの出力を仲介し、自律神経系や行動反応を制御します。扁桃体は恐怖条件付けにおいても重要な役割を果たしており、条件刺激と恐怖反応の連合学習を可能にしています。
海馬は、空間記憶や文脈的記憶の形成に関与しています。場所細胞による空間的な位置情報の表現や、記憶の形成過程におけるシナプス可塑性の調節など、海馬は記憶の符号化と定着に不可欠な役割を果たしています。また、海馬は辺縁系全体の機能調節にも関与しており、HPA軸を介したストレス応答の制御にも寄与していると考えられています。
内側前頭前野は、意思決定や行動制御、報酬に基づく行動選択などに重要な役割を果たしています。前頭前野は、目標指向行動や将来予測、行動抑制などの高次認知機能を担っており 、辺縁系全体の機能調節にも関与していることが示唆されています。具体的には、扁桃体や側坐核との機能的結合を介して、情動や報酬に基づく行動選択に関与していると考えられています。
辺縁系と健康 - 運動の影響
運動は辺縁系の中でも特に脳報酬系を活性化させることが知られています。脳報酬系は側坐核(NAc)や内側前頭前野(mPFC)などから構成される領域で、快情動の生成や意欲、学習の強化に関与しています。慢性痛やストレスの状態では、この報酬系が抑制されてしまいますが、運動によってNAcに投射するGlutamateニューロンが活性化され、報酬系の機能が正常化されます。
具体的には、我々の研究で神経障害性疼痛モデルマウスに自発運動を行わせたところ、運動群ではNAcに投射するニューロンの活性が高まり、扁桃体中心核のGABAニューロンの活性化が抑制されることがわかりました。このように、運動は痛み入力による扁桃体中心核の過剰な興奮を抑え、報酬系の機能を正常化させることで、慢性痛の改善に寄与すると考えられます。また、うつ症状の改善にも報酬系の活性化が関与していると推測されます。
辺縁系と健康 - 慢性痛とストレスの影響
慢性痛やストレスは、辺縁系の機能不全を引き起こすことが知られています。その主な要因は、視床下部-下垂体-副腎皮質系(HPA軸)の過剰な興奮にあります。
慢性的な痛みやストレスの状態が続くと、グルココルチコイド(GC)の産生が増加します。過剰なGCは、海馬やmPFCの錐体細胞を抑制することで、これらの部位からHPA軸への抑制が減弱してしまいます。一方で、扁桃体中心核(CeA)のニューロンは過剰なGCの影響により興奮性が高まり、HPA軸をさらに興奮させます。
このように、慢性痛やストレスはHPA軸の機能不全を引き起こし、同時に海馬やmPFCなどの辺縁系の機能も阻害されます。痛みやストレスが持続すると、海馬とmPFCの投射ニューロンが萎縮し、扁桃体中心核のニューロンの樹状突起が伸長することで、この状態はさらに悪化していきます。すなわち、HPA軸の機能不全と辺縁系の機能不全が相まって、慢性痛やストレスなどの健康問題の増加につながっていると考えられます。
また、慢性痛やストレスにより、脳の報酬系が抑制され、扁桃体の過剰興奮がmPFCやNAcの機能を抑制することで、辺縁系全体が機能不全に陥ることも指摘されています。慢性腰痛患者では、痛みからの解放(報酬)に伴うNAcの活性化が消失あるいは減弱しており、背側mPFC-扁桃体-NAcの結合が強い人ほど痛みが慢性化しやすいことが明らかになっています。
運動療法の効果 - 報酬系の活性化
運動による脳報酬系の活性化は、主に腹側被蓋野(VTA)のドーパミンニューロンの賦活を介して生じます。私たちの研究では、自発運動を行うと、背外側被蓋核(LDTg)のコリン作動性ニューロンや、視床下部外側部のオレキシンニューロンが活性化されることがわかっています。これらのニューロンは、VTAの外側部分に投射し、そこに存在するドーパミンニューロンを賦活させます。その結果、側坐核(NAc)のLat Shellに投射するGABAニューロンが活性化され、報酬系が賦活されて運動誘発性鎮痛(EIH)が生じると考えられています。
一方、慢性痛やストレスが持続すると、側坐核のmedShellに投射するドーパミンニューロンが活性化され、忌避反応が引き起こされます。しかし、自発運動によってlatVTAのドーパミンニューロンが賦活されると、この忌避反応が抑制され、代わりに報酬系の活性化が生じるのです。つまり、運動は痛みやストレスによって生じる報酬系の不活化を打開し、脳内の報酬回路を正常化させることができます。
このように、運動は脳内の報酬系に直接作用することで、慢性痛やストレスなどの健康問題の改善に寄与すると考えられています。運動習慣の定着によって報酬系が適切に機能することで、痛みやストレスからの解放感が得られ、さらに運動への動機づけが高まるというポジティブな循環が生まれます。したがって、ライフスタイルの改善を通じて脳の報酬系を活性化させることは、QOLの向上に大きく寄与すると期待されます。
運動療法の効果 - 慢性痛やストレス緩和への寄与
運動療法は、慢性痛やストレスの緩和に大きく寄与することが明らかになっています。その主なメカニズムは、運動による脳報酬系の活性化にあります。我々の研究では、自発運動を行わせたマウスにおいて、背外側被蓋核のコリン作動性ニューロンや視床下部外側部のオレキシンニューロンが活性化され、これらのニューロンが腹側被蓋野の外側部(latVTA)のドーパミンニューロンを賦活します。活性化されたlatVTAのドーパミンニューロンは、続いて側坐核のLat Shellに投射するGABAニューロンを活性化することで、報酬系が賦活され、運動誘発性鎮痛(EIH)が生じると考えられています。
一方で、慢性痛やストレスが持続すると、側坐核のmedShellに投射するドーパミンニューロンが活性化され、忌避反応が引き起こされます。しかし、自発運動によってlatVTAのドーパミンニューロンが賦活されると、この忌避反応が抑制され、代わりに報酬系の活性化が生じます。つまり、運動は痛みやストレスによって生じる報酬系の不活化を打開し、脳内の報酬回路を正常化させることができるのです。
また、運動は扁桃体の活動にも影響を与えています。我々の研究では、慢性痛モデルマウスでは扁桃体中心核のGABAニューロンが過剰に活性化されていましたが、自発運動群ではその活性化が顕著に減少しました。つまり、運動は扁桃体中心核の過剰な興奮を抑制することで、慢性痛やストレスの緩和に寄与していると考えられます。
運動療法の効果 - 日常生活への活用
慢性痛やストレスの改善には、生活の中に運動を取り入れていくことが重要です。具体的には、以下のような方法が有効でしょう。
まず、日常生活の中で簡単に取り入れられる運動を選ぶことが大切です。例えば、通勤や買い物の際に徒歩や自転車を利用したり、家事や庭仕事を行ったりすることで、気づかない間に運動量が増えます。また、休憩時間に軽い体操やストレッチを行うのも良いでしょう。
次に、楽しみながら続けられる運動を見つけることが重要です。散歩、ジョギング、ダンスなど、自分の好みに合った運動を選ぶと、モチベーションを保ちやすくなります。家族や友人と一緒に運動を行えば、さらに楽しくなり、お互いに刺激し合えます。
また、目標を立てて少しずつ運動時間を増やしていくことをおすすめします。最初は無理のない範囲から始め、徐々に運動量を増やしていきましょう。例えば、週に1回から始めて、1ヶ月後には週2回、さらに3ヶ月後には週3回と、段階的に目標を上げていくといった具合です。
何より重要なのは運動を習慣化することです。決まった時間に運動を行うよう日課に組み込み、規則正しく続けることで生活の一部となります。継続は力なりですから、楽しみながら長期的に運動を実践していきましょう。
生活習慣改善の重要性
現代社会では、「座り過ぎ」生活習慣が大きな問題となっています。資料によれば、虚血性心疾患や糖尿病、慢性痛の主な原因が「座り過ぎ」によるものであり、15-20%の人々が慢性痛に苦しんでいます。活動量の減少は脳の報酬系の機能低下や扁桃体の過剰興奮を招き、ストレス反応が高まることで、様々な健康問題の引き金となっています。
一方で、運動やアクティブな生活習慣を取り入れることで、脳の報酬系を活性化し、慢性痛やストレスなどの症状を緩和できることが分かっています。運動は扁桃体の活動にも影響を及ぼし、陰性情動による辺縁系の機能不全を改善する可能性があります。つまり、ライフスタイルを改善することで、脳内のシステムを正常化し、QOLの向上につながると期待できます。
しかし、生活習慣の改善は一過性では不十分です。健康維持のためには、楽しみながら継続して日常生活に運動を取り入れ、長期的な視点で実践することが重要となります。一人ひとりに合った運動方法を見つけ、習慣化することで、ポジティブな循環を生み出すことができるでしょう。現代社会におけるライフスタイルの変革は、健康問題の解決に向けて欠かせない取り組みなのです。
結論
本論文では、慢性痛やストレスなどの健康問題が増加している背景について、現代社会における「座り過ぎ」などのライフスタイルの変化が大きく影響していることが明らかになりました。特に、運動不足は脳報酬系の機能低下や扁桃体の過剰興奮を招き、辺縁系の機能不全を引き起こすことが指摘されています。その結果、様々な精神身体症状が現れ、QOLが低下するという悪循環に陥っています。
一方で、適度な運動を取り入れることで、脳内の報酬回路を正常化させ、陰性情動による辺縁系の機能不全から脱却できることが実証されました。運動療法は脳報酬系を活性化させるとともに、扁桃体の活動にも影響を与え、慢性痛やストレスなどの健康問題を改善することができます。運動習慣が定着すれば、適切に機能する報酬系により運動への動機づけが高まり、ポジティブな循環が生まれると期待されます。
したがって、ライフスタイルの改善、特に日常生活に運動を取り入れることが、健康維持において極めて重要であると考えられます。一人ひとりのライフスタイルに合った運動方法を見つけ、楽しみながら継続していくことが不可欠です。短期的ではなく、長期的な視点で生活習慣の改革に取り組むことが求められます。
今後さらに、ライフスタイルが脳に与える影響についての科学的解明が進むことが期待されますが、健康維持のためのライフスタイル改革は避けられない課題です。現代社会の課題に立ち向かい、一人ひとりが主体的に行動を変えていくことで、辺縁系の機能を正常化し、QOLの向上につなげることができるはずです。ライフスタイルの変革を通じて、私たちの健康的な未来が切り開かれるものと確信しています。
質問1: 運動はどのように慢性痛を緩和しますか?
運動は「exercise-induced hypoalgesia(EIH)」というメカニズムを通じて慢性痛を軽減します。具体的には、運動が脳の報酬系を活性化させ、その結果、痛みの感受性が低下することが研究で示されています。また、運動によって扁桃体のGABAニューロンが抑制され、慢性痛に関連するネガティブな情動が軽減されると考えられています。
質問2: 辺縁系はどのような役割を果たしますか?
辺縁系は、情動を行動や自律神経反応に転換する重要な脳メカニズムです。慢性痛や慢性ストレスの状態では、このシステムが機能不全に陥ることがあり、様々な精神的および身体的症状を引き起こす可能性があります。
質問3: ストレスがもたらす影響は何ですか?
慢性痛やストレスは、血中のグルココルチコイド(GC)が上昇し、これが脳の構造的変化を引き起こすことが報告されています。特に、海馬や前頭前皮質のニューロンが抑制され、HPA軸への抑制が減少します。結果として、HPA軸の過剰な興奮が辺縁系の機能不全を引き起こすことが示されています。
質問4: 中枢自律神経系と辺縁系の関係は?
中枢自律神経系(CAN)は、辺縁系と密接に関連しており、これが情動やストレス応答に影響を与えます。特に、CANは私たちが感じる痛みに対して自律神経系の反応を調整し、その結果、ストレスや痛みの経験に変化をもたらします。
質問5: 自律神経機能の改善に運動がなぜ重要なのか?
運動が自律神経機能を改善する最も有効な方法であるとされる理由は、運動を通じて脳報酬系が活性化し、ストレスや痛みに関連したネガティブな情動が軽減されるからです。これにより、自律神経系の機能が正常化され、痛みやストレスの症状も改善されると考えられています。
私なりの感想
東洋医学では気と血を巡らせることに重点を置きます。これについては西洋医学にない東洋医学の特長だと考えています。気と血を巡らせるとは何かについて解像度を上げて説明すると程よく運動することだと考えています。この文献をみて、運動すること(気血を巡らせれること)の大事さを改めて感じています。身体を動かすことは気持ちいい思えることはとても健康へのマイルストーンだなと改めて思いました。辺縁系や報酬系については調べれば調べるほど面白い。進化的に昔からあるため人間らしさとは無縁だと考えられていた時代もあるようだけれど、全然違うことが分かる。
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