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気象変化と痛み

序論

慢性痛が天気の変化によって悪化することは、古くから臨床の現場で指摘されてきた重要な問題である。気象変動は疼痛治療において避けて通れない課題であり、その原因解明が強く求められてきた。近年の研究により、気圧変化や気温変化が慢性痛の症状を増悪させるメカニズムが次第に明らかになりつつある。
本論文では、気圧変化が内耳の気圧感受メカニズムを介して慢性痛を増強する可能性、温度変化が皮膚の温度受容線維の反応性変化を通じて痛みを助長する可能性について詳しく論じられる。また、一部の慢性痛患者では、気象変化に対して自律神経系が過剰に反応することで症状が悪化する場合があることが示唆される。気象要因による慢性痛増悪の生理学的メカニズムを多角的に検証し、より良い治療法の確立に寄与することが本研究の目的である。

気圧変化と痛覚

気圧変化が慢性痛の症状を増悪させるメカニズムとして、内耳前庭部における気圧感受性の関与が注目されている。内耳前庭には気圧検出センサーが存在し、気圧変化に反応することで痛覚過敏が引き起こされる可能性がある。実際、動物実験では、神経障害性疼痛モデルラットにおいて、内耳前庭の破壊により気圧低下時の痛み行動の増強が抑制されることが確認されている。
さらに、臨床研究から、天気痛有訴者の内耳前庭部が健常者よりも気圧変化に対して高い感受性を示すことが明らかとなっている。天気痛患者では、日常生活で経験する程度の軽微な気圧変化でも内耳前庭の気圧検出センサーが刺激を受けることで、慢性痛などの症状が悪化する可能性が指摘されている。一方、健常者の場合、日常的な気圧変動では内耳前庭が大きな影響を受けないため、痛みの増強は生じにくいと考えられる。

温度変化と痛覚

低温環境が慢性痛の症状を増悪させるメカニズムのひとつとして、皮膚の温度受容線維の反応性亢進が重要な役割を果たすことが示唆されている。動物実験では、関節炎モデルラットを22℃から15℃の低温環境に曝すと、明らかに痛み行動が強くなることが確認された。この結果は、気温の低下が実際に関節痛を悪化させる現象を再現したものと考えられる。
皮膚の冷感覚受容器は、TRPAチャネルやTRPM8チャネルなどの温度受容体が低温に反応して活性化することで、低温刺激を感知している。慢性痛モデル動物では、健常個体に比べて皮膚温度受容器の反応性が高く、軽微な温度変化でも過剰に応答してしまう。つまり、冷感覚受容器(TRP温度受容体)の感受性亢進が、低温による痛み増強の要因になっていると考えられる。一方で、交感神経の活性化は低温痛の増強に必ずしも重要ではないことも分かっている。

自律神経系の関与

気象変化が引き起こす自律神経系の過剰な反応が、慢性痛の症状悪化に深く関与していることが示唆されている。気圧の低下や気温変化などの気象要因は、慢性痛患者にとってストレス刺激となり、自律神経系を過剰に活性化させる。これにより交感神経系が興奮し、末端からのノルアドレナリン分泌が増加する。さらに重要なことに、慢性痛患者では、疼痛部位や後根神経節において「交感神経-痛覚線維の異常連絡」が生じている。つまり、交感神経線維と痛覚線維の間に異常な連絡が形成されており、交感神経の興奮に伴う神経伝達物質の過剰放出が痛覚伝達経路に影響を及ぼす。その結果、痛覚過敏やアロディニアなどの慢性痛症状が増悪すると考えられる。
このように、気象変化に対する自律神経反応の異常が、慢性痛の増悪メカニズムに深く関与していることが明らかになってきた。実際、動物実験においても、気圧低下に対して自律神経系が過剰に反応し、血圧や心拍数の上昇、交感神経終末からのノルアドレナリン分泌増加が確認されている。また、腰部交感神経幹を外科的に除去すると、気圧低下による慢性痛の増悪が消失したことから、交感神経の興奮が重要な役割を果たしていることが示唆された。
一方、健常者と比べて、天気痛有訴者の自律神経反応は特異的であることがわかっている。天気痛患者では、気圧変化に対して副交感神経が優位に活性化するのに対し、健常者では交感神経が優位に働く。このような自律神経反応の違いが、慢性痛の増悪に関係している可能性が指摘されている。したがって、自律神経系の活性化メカニズムを解明し、その調節法を見出すことで、気象変化に左右されにくい新たな慢性痛治療法の開発が期待できるだろう。

結論

本研究では、気象変化が内耳前庭の気圧感受性亢進、皮膚温度受容線維の反応性亢進、自律神経系の過剰反応を介して慢性痛を増悪させる可能性が示唆された。内耳前庭や温度受容体の感受性調節、自律神経活性化抑制は、天気に左右されにくい新規慢性痛治療法開発につながるだろう。

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