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非特異的腰痛における体性機能異常と症状の関係




序論: 非特異的腰痛の概要と研究の重要性

非特異的腰痛(NSLBP)とは、明確な原因が特定できない腰痛を指します。非特異的腰痛は腰痛全体の約8割を占め、理学療法の主要な対象となっています。非特異的腰痛には、体性機能異常が伴うことが多く、関連痛、反射性疼痛、偽内臓痛、可動域制限、自律神経活動の変調など様々な身体的症状を引き起こす可能性があります。

近年の研究から、非特異的腰痛には生物心理社会的要因が深く関与しており、心理的ストレスや社会的要因によって症状が慢性化したり重症化したりする例が一定数存在することが明らかになっています。非特異的腰痛は、単なる身体的な問題だけでなく、心理的・社会的要因も大きく影響を及ぼす複合的な問題であるといえます。したがって、非特異的腰痛の適切な評価と治療には、生物心理社会的モデルに基づき、身体的・心理的・社会的側面を統合した多面的なアプローチが必要不可欠であると考えられます。本研究の目的は、非特異的腰痛患者において体性機能異常と症状の関係を調査し、生物心理社会的要因がどのように影響を及ぼすのかを明らかにすることです。

方法: 対象者と評価方法

本研究では、寒川病院に受診し腰痛と診断された20〜65歳の男性2名、女性2名の合計4名を対象とした。対象者の選択基準は、①同意を文書で得られる患者、②理学療法評価で腰痛の原因が腰椎に起因すると同定された者とした。除外基準は、①コミュニケーションに支障がある者、②体表電極の設置が不適切な者であった。また、比較対象として健常男性4名を加えた。

まず一般的な理学療法評価として、問診、視診、運動検査、触診、疼痛誘発検査などを実施し、障害分節を同定した。体性機能異常の評価では、視診による腰部発赤の確認、フェーダーテスト、キブラーロール検査を行った。次に自律神経活動の指標として心拍変動(HRV)を測定し、交感神経活動と副交感神経活動のバランスを評価した。HRVの測定には生体情報計測ハードウェアBiosignalspluxを使用し、対象者の胸壁に電極を貼付してデータを収集した。

さらに、生物心理社会的要因の関与を明らかにするため、Keele STarT Back Screening(KSBS)テストを実施した。KSBSは9項目の質問でスコアリングし、High Riskと判定された場合、生物心理社会的要因の関与が強く重症化が予想される。これらの評価を通して、体性機能異常と症状の関係、および生物心理社会的要因の影響を検討した。

結果: 自律神経活動と症状の変化

本研究では、非特異的腰痛患者における自律神経活動と症状の変化を評価し、生物心理社会的要因との関連を検討した。自律神経活動の指標として心拍変動(HRV)を用いた結果、脊柱操作後に交感神経活動が全症例で上昇することが明らかとなった。この所見は、Perry らの先行研究で報告された非特異的腰痛患者における交感神経興奮反応の亢進と一致するものであった。一方、健常者では脊柱操作により副交感神経活動が亢進するという報告もあり、非特異的腰痛患者と健常者では自律神経反応が異なる可能性が示唆された。

症状の変化に関しては、疼痛強度の増加や可動域制限などが観察されたが、その程度には個人差が大きかった。このような症状の変化には、生物心理社会的要因が影響を及ぼしている可能性が考えられた。実際、Keele STarT Back Screening(KSBS)テストの結果から、High Riskと判定された対象者も存在し、心理社会的側面が症状に強く影響していたことが推測された。

以上の結果から、非特異的腰痛患者における自律神経活動と症状の変化には、生物心理社会的要因が深く関与していることが示唆された。単なる身体的機能障害だけでなく、心理的ストレスや社会的要因も大きな影響を及ぼしていると考えられ、適切な評価と治療には生物心理社会的モデルに基づく多面的なアプローチが不可欠であると言える。

考察: 主な所見と臨床的含意

本研究の主要な所見は、非特異的腰痛患者において、徒手的脊柱操作後に自律神経活動の変化や症状の変化が認められたことである。自律神経活動の指標であるHRVから、交感神経活動が亢進していることが明らかとなった。一方、症状の変化については、疼痛誘発所見や可動域制限など、個人差が大きかった。さらに、Keele STarT Back Screening Testの結果から、一部の対象者において生物心理社会的要因の関与が強いことが示唆された。これらの結果は、非特異的腰痛患者の症状変化や身体反応に、生物心理社会的要因が深く関与していることを示唆している。

このような所見から、非特異的腰痛の適切な評価と治療においては、生物心理社会的モデルに基づく包括的なアプローチが不可欠であると考えられる。単に身体的側面のみならず、心理社会的側面にも着目し、統合的に捉える必要がある。臨床的には、生物心理社会的要因の影響を見逃さず、早期から適切な介入を行うことが重要である。心理的サポートや社会的側面への配慮など、多職種連携によるケアが求められる。このように、非特異的腰痛に対しては、単に徒手療法のみでなく、生物心理社会的視点に基づく統合的アプローチが必要不可欠であると言える。

考察: 自律神経活動と症状の関係

本研究において、非特異的腰痛患者に対する脊柱操作後、全例で交感神経活動の亢進が認められた。この結果は、Perry らの先行研究で報告された、非特異的腰痛患者における脊柱操作による交感神経興奮反応の増加と一致している。一方、健常者に対する脊柱操作では、副交感神経活動の亢進が報告されており、非特異的腰痛患者と健常者では自律神経反応が異なる可能性が示唆された。

このような非特異的腰痛患者における異常な自律神経反応は、疼痛情報処理メカニズムの異常や中枢感作の関与が示唆される。中枢感作とは、脊髄や脳における過剰な神経興奮が惹起された状態であり、慢性疼痛の発症や維持に関与すると考えられている。中枢感作が生じると、交感神経系が慢性的に亢進した状態となり、自律神経バランスの崩れが生じる可能性がある。したがって、非特異的腰痛患者における交感神経活動の亢進は、中枢感作に起因する自律神経バランスの異常を反映している可能性がある。

一方、症状の変化については、疼痛強度の増加や可動域制限など、個人差が大きかった。このような症状の変化には、生物心理社会的要因が影響を及ぼしていることが示唆された。特に心理社会的ストレスや不安感は、中枢感作の促進因子になり得ることから、自律神経活動の異常と症状の変化の両方に影響を及ぼしている可能性がある。つまり、非特異的腰痛における自律神経活動の異常と症状の変化は、生物学的要因のみならず、心理社会的要因の影響を強く受けていると考えられる。

結論: 要約と今後の課題

本研究では、非特異的腰痛患者における体性機能異常と症状の変化を評価し、生物心理社会的要因との関連を検討しました。その結果、自律神経活動の指標であるHRVから、脊柱操作後に交感神経活動が亢進することが明らかとなりました。一方、症状の変化については個人差が大きく、生物心理社会的要因の関与が示唆されました。これらの所見から、非特異的腰痛における自律神経活動の異常と症状の変化には、生物学的要因のみならず、心理社会的要因の影響を強く受けている可能性が考えられました。

しかしながら、本研究ではサンプル数が少なく、環境要因の影響などの限界があります。非特異的腰痛の多様性と多面性をさらに理解するためには、より多くの症例を対象とした調査が必要不可欠です。特に、生物心理社会的要因が体性機能異常や症状にどの段階で、どのような変化をもたらすのかについて、詳細な検討が求められます。このようなデータの蓄積により、非特異的腰痛に対する適切な治療戦略の立案や、効果的な徒手理学療法の選択と適応が可能になると期待されます。

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