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「般若心経」復習、実践編

過去に「般若心経」の本を読んでいたはずなのに、ちっとも身につかなかった。やはり読むだけでは駄目で、実践しなければということなのでしょうか。そのための準備編ということで。

伊藤比呂美『読み解き「般若心経」』

死にゆく母、残される父の孤独、看取る娘の孤独。苦しみにみちた日々の生活から、向かい合うお経。般若心経、白骨、観音経、法句経、地蔵和讃??詩人の技を尽くしていきいきとわかりやすく柔らかい現代語に訳していく。単行本ロングセラー、待望の文庫化。
伊藤比呂美@itoseisakusho
まじめな話をします。伊藤比呂美として。「道行きや」はエッセイ集じゃありません。「切腹考」もエッセイ集じゃありません。「読み解き般若心経」もエッセイ集じゃないのです。「とげ抜き」にいたってはまったくとんでもありません。すべて詩か小説と思って読んでいただきたい。

「般若心経」だけじゃなくいろんなお経が出てくるので楽しい(へんな言い方だが)。マーラーの「大地の歌 告別」まで載っている。元は孟浩然と王維の漢詩を合わせたものでそれをマーラーがドイツ語で声楽に変えたからお経という範疇なのか。お経は声に出してみることが重要。

伊藤比呂美は家族や友達のことを語りながらお経に惹かれていく気持ちを書いていく。詩人だからか終わりの方になると散文が韻文を帯びてきてお経のようなエッセイに成るところが凄いというか面白い。お経もそもそもはお釈迦さんの話を弟子が語ったことが散文から韻文となって心地好い響きになっていく。(2013/02/28)

声に出さなければ駄目なんだと言ってますね。でも「般若心経」ぐらいになるとけっこうな肺活量と喉の鍛錬が必要なのでした。息切れゼーゼーです。You Tubeでいろんな「般若心経」が上がっているので、それを参考にするのがいいかと。

『100分de名著「般若心経」』

とりあえず知りたいのなら、『100分de名著「般若心経」』ですね。You Tubeにも上がっていました。過去に見たはずだけど全然役に立っていない。やはり目的意識が大切かと。

『100分de名著「般若信行」』を観た。そうか一切は空か。五蘊とは。色受想行識。とりあえずここまで。テキストはダイドーの「書き込み式般若心経練習帳」が105円で充実している。正座して習字してたら足が痺れた。まだまだだ。(2013/01/14)

「般若心経練習帳」

「般若心経」を「般若信行」と変換しているし、最初から駄目ですね。そうだ、100円ショップに「般若心経練習帳」なるものが売っているのです。これは便利と思って買ったものの一日で投げ出してしまいました。

『100分de名著「般若心経」』第2回 色即是空 

空即是色。空は何もないことではなくて、言葉では表現できない人間には到達できない現象。空(から)なのではなく空が充満しているという感じ。科学とか芸術は絶えず移ろいで行くそれらの現象界を切りとっているにすぎない。私とか個人を越えたものか。(2013/01/18)

空の概念が出てくるのですね。最近では、『コヘレトの言葉』でやっていたような。

コヘレト書を読む(3)「すべては空しい」―コヘレトは厭世主義者か― 臼田宣弘 : 論説・コラム : クリスチャントゥデイ https://www.christiantoday.co.jp/articles/25755/20180705/read-ecclesiastes-3.htm

「般若心経」のアンチ説を知ってしまった

「浄土教」では釈迦は伝令役にまで降格してしまった。阿弥陀仏といいうステージを超えたお方が世界を救うと。その阿弥陀仏という他力にすがるのは「なみあみだぶつ」のお経一つでいい。それが日本で末法の時代に虐げらた民衆に一気に拡がって一揆までになった。

「般若経」から「般若心経」になって「唱えなさい、書きなさい、広めなさい」となっていく。写経という呪文。お経そのものが仏陀になってしまっているのは釈迦の仏教からしてみればかなりの逸脱だよな。キリスト教が世界的に広まったのも文字による翻訳の力なんだろう。(2017/06/05)

『日本語のために』(池澤夏樹=個人編集 日本文学全集 30)

これにも入っていたんだ。後で読みます。

「作業用般若心経」

とりあえず今日はこれを聴いて寝ていました。睡眠学習?


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