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シン・現代詩レッスン122

四元康祐「噤みの午後」

四元康祐『噤みの午後』から「噤みの午後」。「噤みの午後」は表題詩だが難解に感じるのはコペンハーゲンという海外であるし、その目的がヴィルヘルム・ハマショイというまったく知ることがない人だったからである。

どうも画家のようだ。ウィキペディアに音声が付いているので確かめると確かにハマショイとも聞こえる。むしろヴィルヘルムの発音が難しい。ウィリアム・テルと同じだと思っていたが。

コペンハーゲンはデンマークだった。それほど地理も詳しくないので北欧ぐらいのイメージしかない。

噤みの午後

(略)
さっき通りすぎたばかりの街路を
その人の絵のなかに見つけた
だが画布のうえには細かい霧がたちこめている
夏は喧騒とともに去ってしまった

奥行きのない空間に描かれた建物のなかの
家具のないがらんとした部屋
額縁の外の窓から射しこむ午後の光に
鈍くかがやく陶器の緑

開け放たれた部屋の白い扉
の向こうに開かれたまた別の白い扉
そのさらに向う
どんなにきつく耳を塞いでも

聴こえてしまうしずけさ
Vilhelm Hammershøi
最後からふたつめのOには斜めの線が入っている
生まれた年と死んだ年のほかはなにも知らなかった

四元康祐「噤みの午後」

詩は絵の描写だろうか。絵を写実しているのだろうか?詩だけではよくわからないが、絵をみればヒントになりそうだ。

じっさいにハマショイの絵を見ると内省的な孤独とデンマークの寒さを感じる絵なのかもしれない。詩もそんな感じだ。とくに開け放たれた扉からは冷気のようなものが忍び込んでくる。

ヴィルヘルム・ハマショイはそのなかから滲み出して
カイゼル髭を生やした壮年の男の形をまとい
わたしの隣の椅子に腰をおろした

わたしは会いにきてくれたことに謝意を示した
飛行機に乗って海の向こうからやってきたのはわたしだったが
彼が出てきたのはそれよりももっと遠い場所だと知っていたから

作品から想像した通り真面目で厳格な人柄だった
冗談を言っても笑う代わりに深く納得して頷いたりした

四元康祐「噤みの午後」

これは詩人の幻想なのだが、詩人はハマショイとカフェで会話している。多少絵を誉めながら、それをうんざりした様子のハマショイとの熱さと寒さ。絵の虜になった男と絵の解説にうんざりした男の姿か。

ボクハ見タ、四月ノ海辺デ
キラキラト輝ク波の中カラ
一匹ノ魚ガ自分カラ飛ビ出シテキテ
砂マミレニナッテ死ンデユクノオ
ボクハ見タ、ボクヲ生んだ女ガ
息ヲ吸イコンダママピクリトモ動カナクナッテ
オオキナ氷ノ塊をアテガワレタ女ノ腿ガ
カチカチに凍リツイテ
ウスイ霜ニ覆ワレテイルノヲ

四元康祐「噤みの午後」

カタカナによるイメージはコペンハーゲンの寒さを現しているのだろうか。雪の結晶の白夜のイメージか。

〈ぼくはあの部屋のことを「噤みの午後」と呼んでます〉

一匹の蛾が、ハマショイの顔を通りぬけて羽ばたいていたが、
彼はまばたきひとつせずに、わたしを見ていた

〈「噤みの午後」はぼくのなかにあるのに、
そこはとても遠い〉

四元康祐「噤みの午後」

タイトルとなったのは部屋の閑散として寒さの部屋だろうか?その部屋には誰もいないけど、その部屋を見つめている視線は感じるのだ。遠い視線か。そして、ハマショイが以前ドイツから尋ねてきたオーストリア人がいたというが名前を覚えてない。それは今読んでいるトーマス・ベルンハルトだと思う。というか詩から連想されるものは読者のものだ。だから決定だ!

そこはもう
誰もいない
建物のなかに
どんな物音もない

聞こえるのはただ
心の
しじまと
悲鳴のような床の軋み

壁に向かって
伏せられた画布
器のなかで
いつまでも揺れる波紋

自明の謎
窓辺に射しこむ闇
なんという静けさだろう
そこにはまだ誰もいない

四元康祐「噤みの午後」

最後のセンテンスは四行詩四連で部屋の形のような定型か?絵そのものの詩になっていた。こんな詩はまだ無理かもしれないな。

白夜の吐息

ペテルブルクのはしけには
小舟が一艘
幽霊を乗せている
ザルツブルクから来た男はフルート吹きで
不思議な音楽を奏でる

それは讃美歌だけど黒いフルートで
たくさんの不協和音から選ばれた
鼠たちの行進、♪♪♪~子供をさらいに
そういう噂で持ちきりの
ペストの使者だと言うものもいる

だけども貧しい図書館司書の男は
たくさんの本を抱えて
なんでもザルツブルクの男の五部作
本ではなく、 音盤 レコードというもの
蓄音機は昔々の讃美歌をノイズ混じりの中で
いまでは図書館ぐらいでしか聴けない歌の雑音

だから司書の男は
川音に混じるそのフルートを聴いたときに
ぎょっとしたのさ

メトロームは母の股で揺れている
臍の緒を付けた赤ん坊で
規則正しい夜風に揺られ
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
巡廻する白色ノイズ
その間を突き刺すフルートの音が
天界まで響いて堕天使を呼ぶ

司書の男は無理心中で
橋から川へ飛び込み
魚になったという伝承も
白夜の噂に過ぎない
すべてはオーロラの白夜の出来心

やどかりの詩


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