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失われた江戸を求めて、東京の迷路小説か

『濹東(ぼくとう)綺譚 』(岩波文庫)

取材のために訪れた向島は玉の井の私娼窟で小説家大江匡はお雪という女に出会い、やがて足繁く通うようになる。物語はこうして濹東陋巷(ろうこう)を舞台につゆ明けから秋の彼岸までの季節の移り変りとともに美しくも哀しく展開してゆく。昭和12年、荷風(1879‐1959)58歳の作。木村荘八の挿絵が興趣をそえる。

永井荷風は東京の裏路地の玉ノ井、やがて消え去ろうとする土地、江戸を偲ぶ風情、濹東陋巷(ろうこう)をさまよう小説。墨田川の橋を超えて向こう岸は、彼岸を求めたのだろうか。それは失われた声の文学とも言えるもので、語り手が描写の手本としている作家にラフカディオ・ハーンを上げている。雪さんの江戸弁(?)はまさに消えていく声そのものだった。ラジオが煩いものとされたのもその対比かと。やがてそのラジオが軍国行進曲やら勇ましい戦争の声を発していく。『濹東綺譚』の中でもう一つ別の創作が語られていて、その題が『失踪』というのも面白い。カフカのプラハを感じさせる東京の迷路小説か?
2015/03/26


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