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西東三鬼と奇妙な妖怪たち

『神戸・続神戸・俳愚伝 』西東三鬼(講談社文芸文庫)

“東京の何もかも”から脱出した“私”は、神戸のトーアロードにある朱色のハキダメホテルの住人となった。第二次世界大戦下の激動の時代に、神戸に実在した雑多な人種が集まる“国際ホテル”と、山手の異人館〈三鬼館〉での何とも不思議なペーソス溢れる人間模様を描く「神戸」「続神戸」。自ら身を投じた昭和俳句の動静を綴る「俳愚伝」。コスモポリタン三鬼のダンディズムと詩情漂う自伝的作品3篇。

藤木清子の句集、宇多喜代子編『ひとときの光芒 藤木清子全句集』に出ていた

舗道灼けトーア・アパート花車に擬す

という句が気になって調べたら西東三鬼の名前が出てきた。神戸でのモダンなハイカラ観光都市ではなく、路地裏の入り組んだ横浜だったら桜木町のみなとみらいよりは反対側の野毛あたりの歓楽街にある不良外人やそれを目当ての女性たちが住んでいたホテルに、新興俳句事件で逃げてきた西東三鬼がアウトサイダーのような戦時戦中を生き抜く話。そこの住人はかなり空襲などで亡くなってしまったようだが。

『神戸』も『続・神戸』もある種のノスタルジーを感じさせる彼岸の世界なのだ。あの頃は貧しかったが人との繋がりがあって幸福だったというような。成瀬巳喜男『浮雲』の風来坊の世界だが、エッセイなのでセンチメンタルな部分があり、面白い読み物になっている。

西東三鬼は川名大の俳句史によると新興俳句が弾圧されたときにその保釈金をネコババして逃走したいかがわしい俳人ということだったが、ここではそういうことは書かれていない(もっとも西東三鬼が観たアウトローたちの世界というようなエッセイだ)。だからその世界に馴染めるだけの素養が西東三鬼にもあったのだと思う。また潔癖な人よりもこういう世間ずれした者の手記の方が面白いのだ。

「俳愚伝」はその新興俳句弾圧事件までの俳句界との係わりが描かれてこちらの方も興味深い。何よりもその頃は自由にお互いに批評する雰囲気があったようで石田波郷は新興俳句を認めない有季定型の俳人だが、俳句を離れればお互いに仲が良く新興俳句弾圧事件で捕まったときも随分助けてもらったとか。
あと糞詰まりで死にそうなった話とかこの人はエッセイの才能もあると思う。

『神戸』はNHKドラマ『冬の桃』として放送されたとか。観てみたい。


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