奴隷がよ休みもらってよ勤労感謝の日よ
都市化の最たるところみなとみらいだった。映画を観に行ったのだけど映画も面白くなく疲れて帰宅。今日はダメダメの日だ。昼に句会があるのだが、参加を見合わせようかと思っている。よくわからない句会で即詠は魅力的なのだが、今日は最悪の状態だった。
勤労感謝の日だという。どう感謝せよと。この現実をせっせと作っている人間をか?Netflixで『今すぐ購入」という映画を見ようかと思っているのだが、そんなものを見てもどうにでもなるわけではない。それが社会の仕組みなのだから。それを止めるのは勤労感謝の日に感謝しないことだ。お前らは奴隷なのだと言ってあげること。今日の一句。
読書も欲望の消費行動なんだよな。それは死ぬまでの麻薬にしか過ぎないと思ってしまう。依存状態にさせて、脳化社会という自動化(システム化)が行われて自然を排除していく。せいぜい自然を楽しむことなのだが、その自然も人工化という見せかけにしかすぎない。それはくり返し同じ風景を共有して満足して明日からの奴隷化に備えるということになるのだが。悲観論ばかりだ。現実とはそんなものだと再認識させてくれる本。
都市化は疲れるということなのかもしれない。エイミー・ワインハウスの映画はつまらなかったけど、彼女の歌はいい。
薬物中毒からのリハビリの歌なのだが。現実はリハビリ出来なかったのだ。だから夢現のファンタジーとして動画でくり返し見るのが脳化社会なのか?