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大いなるフリージャズのブロッツマンでときめく

『大いなる自由』(2021年/オーストリア・ドイツ)監督・脚本:セバスティン・マイゼ 出演:フランツ・ロゴフスキ、ゲオルク・フリードリヒ、アントン・フォン・ルケ、トーマス・プレン


20年以上、刑務所を行き来した 同性愛者から描くドイツ戦後史
ナチの強制収容所が解放されたとき、同性愛者たちは刑法の規定により、そのまま刑務所に移送された。ドイツで1871年に制定された刑法175条は、男性同性愛を禁じ、戦後も長く存在した。同性愛者ハンスの1945年、57年、68年の獄中生活から描くドイツ戦後史。

同性愛者を犯罪者として刑務所生活をする男の話。オープニングが8ミリ映像で、それはトイレの盗撮なのだが、そうして同性愛者を逮捕して刑務所送りにするのだった。その背景にナチスの人種差別があったのだ。刑法175条。男の腕に書かれていたナンバーはその印だった。

その刺青を消してやろうとする同室の男との友情物語なのだが、その男は同性愛者ではなく、むしろ最初は凄い嫌悪感を持っていたのだ。映画はこの同性愛者ではない男の共感としてストーリーが組み立てられていく。

刑務所の中での共同体。助けたり助けられたり。それは法を超えた倫理感として我々にあるものなのか?そういう問いだと思う。二人の男の関係性が『蜘蛛女のキス』を連想させた。

最大の山場は、同性愛の男が愛していた男が自殺してしまう。そのときに介抱する同室の男が、病気になる(薬物依存症か?)と今度は逆に介抱するのだ。そういう世間から隔絶された刑務所という環境の中で育まれてくる同志愛みたいなもの。それは同性愛法が廃止され、刑務所を出た男が再び刑務所に戻るシーンで終わる。

そこのライブ会場が同性愛者の巣窟になっているのだが、主人公はそういう自由を満喫できる世界を拒否するのだ。むしろ秘密の楽しみという快楽なのかもしれない。禁止されればされるほどやってみたくなる自由みたいなものか?欲望が満ち溢れているショッピング・ウィンドウのガラスを割るシーンはニュー・ジャーマン・シネマの監督たちの映画で見てきたシーンなのである。そんな系譜を感じる。

ライブ演奏をしていたフリー・ジャズは今年亡くなったペーター・ブロッツマンだった。この映画の音楽を担当していたのだった。それだけのシーンで嬉しくなってしまった。元気な頃のペーター・ブロッツマンの映像が残されていたのだ。映像芸術の素晴らしさかもしれない。


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