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藤原京

【聴き逃し】古典講読「歌と歴史でたどる『万葉集』」(24) 9月17日(土)午後5:00放送 #radiru https://www2.nhk.or.jp/radio/pg/sharer.cgi?p=0961_01_3809163

先日、井筒俊彦『ロシア的人間-新版』を読んでペテルブルグがピョートル大帝によってロシアの西欧化(文明開化)のためにモスクワから遷都された都市だと知った。そのペテルブルグがロシア文学として、ブランショのいう「文学空間」として文学の中で特別に存在する都市として注目したのである。

今日、万葉集で「藤原京」の歌を聞きながら、まさに「文学空間」としての都市として「藤原京」が浮かび上がってくる。

それは「藤原京」が中国(唐)の旧都南京を模倣して、風水など当時先端の科学(文化)を用いて作られた人口都市だが。すでに天皇中心の世界は、時代遅れになり奈良盆地の中心に都市を作るのも時代遅れになっていく。すでに唐では長安が北に都を位置して風水によって強固な都市として築かれていたのである。時代遅れとなった藤原京は十数年で打ち捨てられる。

しかし、そこには天皇の権力があった時代の故郷なのだ。それは藤原京を歌う人麻呂の歌に現れる「文学空間」は、かつての天皇の権力を神のように歌い過ぎ去っていく現実と幻想の過去を巡る歌なのである。

「近江荒都歌」と呼ばれる人麻呂の万葉集の歌

その人麻呂を尊敬して、天皇の地位の復興を目指す文学運動としての『万葉集』を考えるならば、大友家持の復興運動も納得がいく。


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